【論説】えちぜん鉄道前社長の見奈美徹さんが亡くなった。74歳だった。鉄道業界とは畑の違うセーレンの常務から迎え入れられ、専務、2代目社長として再生の礎を築いた。安全運行とサービス向上の両立を追求し続けた遺志を受け継ぎ、沿線住民に愛される地域共生型鉄道を未来につなげたい。

 えち鉄は、2度の正面衝突事故を起こした京福電鉄の2路線を引き継いだ第三セクター。沿線住民の熱意で2002年9月に設立されたものの、先行きは明るくなかった。京福電鉄時代の試算では利用者数は毎年2%の減少が見込まれていたからだ。乗客減でサービスが低下し、さらに利用者が減るという負の循環をどう断ち切るか―。02年10月に専務に就任した見奈美さんは、初代社長の山岸正裕勝山市長を補佐する事実上の経営者として逆転の発想で難題に立ち向かった。

 「お客さま目線で物事を考える大切さは繊維も鉄道も同じ」。見奈美さんの経営マネジメントの根底には徹底した顧客第一主義があった。その象徴がアテンダント(客室乗務員)だ。

 導入を巡り「経費を削減すべきだ」との反対意見もあった。見奈美さんは主張した。「アテンダントはコストではない。サービス向上のための投資だ。お客さまに『もう一度乗ってみたい』と思ってもらい、リピーターを増やすことで売り上げを伸ばす」。今ではえち鉄の顔となり、映画の主人公にも取り上げられた。

 現場を頂点にした逆ピラミッドの理念で社員の士気を高めた。好調な業績の理由を尋ねると、いつも口癖のように語った。「付加価値を生むのはお客さまと接している社員であって、社長や管理職ではない。照明係のように主役の社員にスポットライトを当てるのが私の仕事」「失敗の経験が新たなチャレンジにつながり、成果を残す糧になる。社員が果敢に行動した結果の失敗は責めない。失敗しない人より失敗する人になってほしい」。現場に毎日出掛けて社員を励ましていたことを後から知った。

 18年12月。平成回顧企画の取材で久々に見奈美さんに会った。「沿線住民の熱烈なサポートのおかげ。お客さまの喜ぶ姿が私たちを成長させてくれた」。以前と変わらぬ温厚な笑顔で感謝の言葉を繰り返した。

 えち鉄の車両には▽新生の意味を込めた白色▽九頭竜川と日本海をイメージした青色▽信頼と温かいおもてなしを表す黄色―の3色が配色されている。これも見奈美さんの発想という。

 新型コロナウイルスの影響で乗客減の厳しい状況が続いている。今こそ、えち鉄と沿線住民、行政の連携を強化したい。車両の配色に込められた見奈美さんの地域共生の思いを胸に。

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