【越山若水】福井市の夜空に閃光(せんこう)が走った。照明弾により一瞬にして真昼の明るさになった―。1945年7月19日、B29爆撃機など米軍の約130機が飛来し、約9500発の焼夷(しょうい)弾を投下した。1500人を超す犠牲者が出た▼あれから75年。同市出身の映画監督吉田喜重さん(87)が福井空襲の体験も織り込んだ初の小説「贖罪(しょくざい)」(文芸春秋)を出版した。小学生の時、自宅の納戸で見つけた古新聞をきっかけにした物語である▼ナチス・ドイツの副総統ルドルフ・ヘスが講和工作のため単身飛行機で英国に向かうが捕虜となり、ナチスから精神錯乱とされたという記事が記憶に残っていた。40年近く獄中生活を送ったヘスの手記を読み解くというかたちで知られざる生涯を描いた▼構想に20年をかけた。自身の体験を踏まえ戦争の実態を後世に語り継がねばとの思いがにじむ。福井空襲の夜、爆撃機接近を知り、市中心部から一人で疎開先の松岡(現永平寺町)に向かいながら「帰巣本能にかられて」引き返し爆撃に遭遇した。夢中で逃げ回り、九死に一生を得た。「理性でなく自分の肉体が危険を察知し助けてくれた」と以前語っていた▼「遠い記憶であれ、全体の流れのなかで筋道を立てて思い返し、ひとつの生き生きとした物語としてよみがえらせ、追想できる」(同書)。人には年齢を重ねることによって見えてくることがある。

関連記事