【越山若水】「水上勉氏『雁(がん)の寺』を推薦いたします(略)筆も構成力も、そして将来の仕事に属目したいと思ふ点でも、群を抜いている。委員会としては、まことに“遅ればせな贈呈”」。第45回(1961年上半期)直木賞の選考会。選考委員だった吉川英治の書面の一部抜粋だ。欠席のため主催の日本文学振興会に推薦作を書面で事前に提出していた▼振興会の運営母体である文藝春秋で長らく文藝誌編集長を務めた高橋一清さんが自著の「芥川賞直木賞秘話」(青志社)で書面を披露している。昭和の文壇では語り継がれてはいたが、書面の所在は知られてはいなかった▼直木賞作家といえば、今冬亡くなった福井出身の藤田宜永さん。文筆業のきっかけとなったエピソードをエッセー「わが高校時代」で明かしている。単身上京し早大学院に入学した早々、同級生から「僕は芥川賞を狙っているんだ。君は大江健三郎は読んでる?」と言われ度肝を抜かれる。以後の高校生活は話題の本を片っ端から読むことになる▼現代詩作家の荒川洋治さんは芥川賞、直木賞についてこう評している。「文学と社会を結ぶ。二つが消えたら、人々の、文学との接触はなくなり、知識もなくなるだろう」▼第163回選考会がきょう開かれる。候補作に県内作家の作品がなく残念だが、文学ファンにとって受賞作家の人物像を知る好機で、楽しみだ。

関連記事