TBSの記者だった著者の『治りませんように』(2010年、みすず書房)には衝撃を受けた。北海道浦河町の「べてるの家」で共同生活を営む精神障害者たちが、病気の労苦と折り合って生きていくうちに「病んでいる自分こそが自分だ」と観念し、「これ以上治りませんように」という境地に至る。それから10年を経た本書では、さらに精神医療の常識を覆す瞠目の挑戦が報告される。

 かつて130の病床があった浦河赤十字病院の精神科は、入院患者の減少によって2014年に廃止された。入院患者の退院を支援してきた精神科部長の川村医師は同じ年、町の一角に小さな診療所を開設し、看護師やケースワーカーとともに精神障害や依存症を抱える患者が地域で暮らすため力を尽くす。

 簡単な話ではない。診療所のスタッフたちが自腹で中古の一軒家を買い、退院先の住居を確保する。重度の患者が産んだ子をみんなで守り育てる。ゴミ屋敷をつくったり警察に拘束される患者もいる。地域からの苦情は絶えない。日々問題が生じ、その都度みんなで悩み、考え、工夫する。その試行錯誤が点描される。

 明確な理念や目標があるわけではない。あるのは米作りや音楽を楽しむ暮らし、相談と応援、ユーモアと笑い、そして「もう入院する病棟はない」という患者、スタッフ双方の覚悟だろうか。

 川村医師は言う。精神障害者の多くが再発を繰り返すのはなぜか。患者は病気以外の問題を抱えている。例えば生活上の困難や人間としての弱さ。そうした問題をやりくりしない限り再発は繰り返される。症状を抑えることすなわち解決ではない。むしろ治すことで根本にある問題が見えなくなる。だから治したくない――。

 病気ではなく暮らしの苦労を見つめることで、患者だけではなく、健常者、地域、精神医療が変わっていく。

「もう患者さんを治す時代は終わったんじゃないかな、極端に言うと」という川村医師の言葉に圧倒される。個人的には今年上半期のベストノンフィクション。

(みすず書房 2200円+税)=片岡義博

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