40代半ばの主婦、真依子。スーパーの惣菜売り場で働き、20歳の娘と15歳の息子を育てている。ある日、娘が友人と海外旅行を計画し始める。行き先は、ベトナム。真依子はその必然に言葉を失う。真依子はベトナムで生まれ、幼い頃、ボートピープルとして日本に渡ってきたベトナム人なのだった――。

 本書は、そんな母の葛藤と、娘・奈月の成長、そして真依子の母・春恵のベトナムでの日々を代わる代わるに語っていく。真依子は、自分の素性を告げることで、奈月の人生に何らかの支障が生じることを恐れている。奈月は、母が自分を信じて、事実を委ねてくれなかったことに苛立つ。ベトナムで奈月は、現地で、あの戦争のことを知っていく。泣いたり笑ったりしながら、ぐんぐんと成長していく奈月。やがて奈月は、ひとつのことに思い至る。

 自分が観ていた「世界」の、なんと小さかったことか。

 読んでいて、一番響いたのはそこである。私もまた、自分の目に見える範囲内が「世界」だと思いながら生きている。私に見えている範囲より外側のあれこれは、自分にとっては「他人事」だと、視界から追いやりながら生きている。でも、昨日まで「他人事」だったことが、今ここにいる自分と地続きであることを知る。旅行とはそんな営みの代表格だし、旅行が終わってもその日々は続くし、この世のあらゆることが自分と地続きであると知ることこそが、豊かさ、なのではないかと思う。

 そういったことについて、母の真依子はわりと無頓着である。それこそ自分の手が届く範囲内を「世界」として生きてきた。そんな彼女が、娘に刺激されながらも、だからといって生き方を大きく変えるわけではないあたりが生々しい。壮絶な脱出を体験して、穏やかな幸せを手に入れた春恵の人生も美しい。そう、どんな人の、どんな人生も、それぞれに、美しいのである。

 春恵と真依子の故郷である、ベトナム・ニャチャンの海の色。「こんぱるいろ」と呼ばれるその色が、脳裏に広がる一冊である。

(小学館 1500円+税)=小川志津子

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