【越山若水】司馬遼太郎は福井市の一乗谷朝倉氏遺跡を1980年ごろに訪れている。「街道をゆく 越前の諸道」(朝日新聞社)に詳しい。司馬は古越前の甕(かめ)が函館付近で出土したことを挙げ「朝倉時代の越前の交易活動は当時、蝦夷(えぞ)地とよばれた地方にまで及んでいる」と述べる▼中世史研究の大家だった網野善彦さんは「辺鄙(へんぴ)な山間の谷にみえる一乗谷に、驚くほどの豊かな物資を集積した都市が存在していたことは近代以降の交通事情では考え難い」(「日本海交通の展開」)と道路、鉄道にはない河川交通の役割に着目した▼石川県立埋蔵文化財センターの垣内光次郎さんは同書で「石で築かれた城下町」と位置付けた。一乗谷の建築物、日用品などの石造品は、足羽三山から採掘された笏谷石で作られていた点を強調する▼笏谷石の運搬に「越前の幹線水路」といわれる足羽川が利活用され、河川交通が石文化を支えていると結論付けた。一乗谷は昨年には勝山市の平泉寺、福井城跡などとともに「石から読み説く中世・近世のまちづくり」が日本遺産に認定された▼朝倉氏遺跡保存協会がこのほど発刊した記念誌「50年のあゆみ」では、用地交渉や保存運動など地元の労苦をつづる。最後に新たな目標を掲げる。「遺跡を世界文化遺産に」。夢実現に向け足羽川、日本海を生かしたダイナミックな交易都市像をひもといてほしい。

関連記事