初めて米国で、1年間生活することになった8年前の夏のこと。マサチューセッツ州ボストン近郊への引っ越し荷物は最小限にした。「どうしても持っていきたいけど、いい?」。その時、小学3年と中学1年だった娘たちの希望で持参したのは小説『若草物語』だ。

 作者ルイザ・メイ・オルコットが、自らの体験を基に執筆した四姉妹の物語は、今から150年以上も前、1868(明治元)年に出版された。その後、何度も映画化されたこともあって、いろんな世代で愛され続けている。日本では、新型コロナで上映延期になっていた最新作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』が公開されている最中だろう。

米国マサチューセッツ州コンコードにある『若草物語』の作者ルイザ・メイ・オルコットの一家が暮らしたオーチャード・ハウス。現在は博物館として、世界中のファンに作品の世界観やオルコット家の精神を伝えている=2019年8月、筆者家族撮影

 そのオルコット一家が暮らし、不朽の名作が生まれた家『オーチャード・ハウス』は、マサチューセッツのコンコードに博物館として現存している。1万5千坪の広大なオーチャード(果樹園)に取り囲まれていることから、教育者だったルイザの父ブロンソンが屋敷名を付けた。まるで絵本から抜き出たかのような、当時の風景を彷彿させる豊かな森を背にしたオーチャード・ハウスは、今も世界中のファンを出迎えている。

 ボストン暮らしの時は車で30分程度の隣町に住んでいたこともあり、たびたびオーチャード・ハウスへ足を運んだ。そして縁あって、日本人スタッフのミルズ喜久子さんと知り合うことができ、四姉妹が取り組んだクリスマス劇を再現した見学ツアーなど、さまざまな催しに参加させてもらった。

 オーチャード・ハウスの重要な取り組みに、慈善活動がある。決して裕福でなくても、困っているだれかのために援助の手を差しのべてきたオルコット家の精神を伝えるためだ。娘たちと一緒に、小児病院の子供たちに贈るテディベアづくりを手伝ったことがある。ふと、作業部屋の一角に、上皇后美智子さまの写真と花が飾ってあることに気づいた。1987(昭和62)年に、当時皇太子妃だった美智子さまがオーチャード・ハウスを見学されたときの一枚だという。

 そしてミルズさんから、「日本人ボランティアのために」という、館長を務めるジャンさんの心遣いだと知らされた。「若草物語が好きな人はみんな友達です」。思いやりや愛情に、国籍も人種も関係ない。あらためてルイザの本が持つ普遍のテーマに気づかされた。

 新型コロナウイルスのため、オーチャード・ハウスも長期間の閉館を余儀なくされてきた。米国は黒人男性暴行死をきっかけに、各地でデモ活動も続いている。だが、こんな困難な時だからこそ、「スタッフは伝えられることがある、と開館に向けて、準備を頑張っていますよ」とミルズさんは言う。オーチャード・ハウスが発信する米国の良心が、いつの時代も希望の灯りであり続けてほしいと心から願っている。(渡辺麻由子)

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 夫に同行し米国生活する筆者が現地の生活をつづります。子どもを通して見えてきた教育事情や働き方の違いなどを紹介します。

 ■渡辺麻由子(わたなべ・まゆこ) 元福井新聞記者。結婚を機に福井を離れ、退職。夫の留学で2012~13年米国マサチューセッツ州で生活し、帰国後フリーライター・編集者として活動。夫の転勤で18年カリフォルニア州、19年からはメリーランド州で暮らしている。ハイスクール2年生の二女と、カリフォルニア・ロサンゼルスに残り、大学に通う長女がいる。

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