【越山若水】故遠藤周作さんといえば、隠れキリシタンの過酷な歴史を描いた「沈黙」が代表作で、いわゆる純文学の人である。一方、狐狸庵(こりあん)仙人を名乗りユーモア小説を書くなど人気を博した▼自身の人生観をつづったエッセーで「二分法」に言及している。少年時代に洗礼を受けた遠藤さんは正と不正、善と悪を明確に区別していた。しかし小説を書き進める中で、正しいと思うものが絶対に正しく、逆に悪いと思うものが必ず悪いとは限らないと気づいた▼むしろ仏教の言葉に心引かれるようになった。それが「善悪不二(ふに)」。善と悪は別々のものではないと説いている。言い得て妙な教えに感心し、西洋的な二分法の思考を捨てることにしたそうだ(「毅然(きぜん)として死ねない人よ。それでいいではありませんか。」海竜社)▼遠藤さんが言うように、正しいと思ってやった行為が、実は他人を苦しめていることはよくある。その典型がネット上に飛び交う誹謗(ひぼう)中傷だろう。誰もが発信できる便利さ、匿名の気安さもあって、自分の主張を吐露する爽快感、相手を教導する正義感も満たされる▼22歳の女子プロレスラーが急死した。連日届くネット投稿の罵詈雑言(ばりぞうごん)に耐え切れなかった。政府も発信者の特定を容易にするため法改正を急ぐという。たとえ正義や愛情であっても、限度を過ぎれば罪悪や暴力になる。「善悪不二」を胸に刻みたい。

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