【論説】新型コロナウイルス禍という「100年に一度の危機」(安倍晋三首相)にもかかわらず、通常国会が閉幕した。政府、与党は野党が要求した「通年国会」を否決。コロナ対策を審議するため、当面週1回ペースで閉会中審査を開催する方針で折り合ったが、物足りなさは否めない。

 野党は無論、聞きたいことが山ほどあるという国民も少なくない。なのに延長にも応じないのは、国民の不信を招いた「桜を見る会」や検察庁法改正案などの追及から逃げたいがためなのは明らかだ。首相らは説明責任を果たさないままで、税金の私的流用や検察人事介入といった疑惑は今なお払拭(ふっしょく)されていない。

 首相が「空前絶後の規模」と称する補正予算では持続化給付金の不透明な委託が判明。約1兆7千億円を計上した「Go To キャンペーン」事業では2割近くを事務委託費に充てることが批判を浴び、3省の分割方式に切り替えたものの、委託費の総額は据え置かれた。国民の血税や将来世代へのつけ回しを財源にした事業が国会の監視機能が届かないまま執行されることはあってはならない。予備費10兆円の使途もチェックが欠かせない。

 コロナ禍の中、首相は外交に打って出ることもできない。国会議員らも頻繁にお国入りし集会を開くことは、はばかられる状況にある。ならば、国会を開いて汗をかくのが筋ではないか。国会を閉じれば急落した内閣支持率が元に戻ると考えているなら愚かしい。

 コロナ対策以外にも、会期末直前に出された地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の計画停止表明や、河井克行・案里夫妻の選挙違反問題など、国会対応が必須となる案件は山積みだ。安倍政権は安全保障関連法など、自らに都合の良い局面では国会延長を強行した経緯がある。不都合だから閉じるのは国会を愚弄(ぐろう)するにも等しい。

 野党は憲法53条に基づく臨時国会要求を突き付けることも考えたい。2017年に安倍政権に要求した際には約3カ月応じなかったが、これを違憲として損害賠償を求めた訴訟で那覇地裁は、衆参両院のいずれかで4分の1以上の議員による召集要求がある場合、内閣は憲法上の法的義務を負い「内閣の裁量は限られる。召集が合理的な期間内かは裁判所が判断できる」と言い切った。国会召集から逃げる政権に警鐘を鳴らしたともいえるものだ。

 安倍首相は憲政史上最長の宰相でありながら、これといったレガシー(政治的遺産)は見当たらないとの評が専らだ。コロナ禍の収束を唯一のレガシーにしたいと考えるならば、真摯(しんし)に堂々と国会に向き合わなければならない。

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