今年2月の自転車トラック種目世界選手権の男子ケイリン決勝で2位に入った脇本雄太=ベルリン

 日本自転車競技連盟は6月4日、来夏に延期された東京五輪のトラック種目の代表を発表し、男子ケイリンで福井県勢の脇本雄太(31)=科学技術高校出身、日本競輪選手会福井支部・ブリヂストン=が選ばれた。

 4年前の借りを返す切符を手にした。東京五輪の自転車トラック種目の男子ケイリン代表に選ばれた脇本雄太は2016年リオデジャネイロ五輪では1回戦敗者復活戦で敗退。肉体と練習を一から見直し、今や世界の強豪が警戒する日本短距離界の「顔」となった。新型コロナウイルス感染拡大による大会延期のショックも払拭。「金メダルを取って福井の皆さんに恩返ししたい」。6月4日の記者会見では自信がみなぎった。

⇒「諦めないで」脇本雄太選手の母の言葉

 五輪初出場のリオの舞台は悪夢のような記憶として脳裏に刻まれている。「頭が真っ白になった」。展開をつくれぬまま集団に埋もれた。

 全てを変えたのは、直後に日本へ招かれたブノワ・ベトゥ短距離ヘッドコーチの指導だ。競輪出走数を4分の1に絞り、強化拠点の伊豆に住まいを移してトラック種目に集中。1日8時間の練習を3時間とし、質を突き詰めた。厳しい食事管理で体重は10キロ減。一方、最高速度は5キロ上がり80キロをマークする「画期的な成果」(脇本)が出た。

 メンタル面も磨いた。それまではレース前に体をたたき、大声を上げていたが「パニックになっているだけだ」と指摘され、静かな呼吸法を教え込まれた。17、18年にワールドカップ2勝を果たす。

 飛躍を示したのが今年2月末の世界選手権だった。「展開に合わすことができた」と周囲の動きを見極め、勝負どころで迷いなく加速。中野浩一強化委員長も「脇本の走りができている」と認める圧巻の「逃げ」を1回戦から連発した。決勝はスプリントも制した初対戦のハリー・ラブレイセン(オランダ)に車輪差で敗れたが、「経験値を生かせば勝機がある」と収穫をつかんだ。

 新型コロナの影響で大会の1年延期が決まった時には落ち込んだという。しかし、4日の会見では「『強くなるための猶予ができた』というコーチの言葉でモチベーションが上がった」。今では前向きに捉えている。金メダルは、2011年に51歳で他界した母幸子さんとの約束でもある。「メダルを掛ける望みはかなわなかったが、母のためにも頑張る」と決意を込めた。

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