【越山若水】「春過ぎて夏来たるらし白妙(しろたへ)の衣ほしたり天(あめ)の香具(かぐ)山」。最古の歌集・万葉集に収められた持統天皇の歌。一部読み方が異なるものの、後の小倉百人一首にも採用された名歌である▼奈良の藤原京に都を移した持統天皇が、大和三山の一つ香具山を望んで詠んだとされる。歌意を説明すれば次のようになる。いつの間にか春が過ぎ、夏がやって来たようです。夏になると真っ白な衣を干すという神聖な香具山に、衣が翻っているのが見えますから…▼白い衣が何を指すかは、巫女(みこ)が着る装束だとか、山に咲き誇る白い卯(う)の花だとか、いろんな解釈があるらしい。その一つに、早乙女になる娘たちが山にこもって身に着ける衣装とみる説もある。田植えの時期の到来を知り、季節の移り変わりを実感したというわけだ▼いずれにしろ、眼前に広がる山の緑と白い衣、上空を覆う青い空。鮮やかな色彩のコントラストが見事で、初夏の風や光までも想像させる臨場感が素晴らしい。次元はかなり異なるが、県内の田園地帯で着々と田植えが進む様子を目にすると、同じ思いが湧いてくる▼何しろこの3カ月余り、新型コロナウイルス一色の毎日だった。気付かぬうちに満開の桜は散り終え、立夏も感慨なくやり過ごした。立ち止まって初めて見える何げない自然の風景や季節の移ろい。いつもと変わらぬ日常のありがたさが身にしみる。

関連記事