書棚から引っ張り出してきた時刻表で、時代を超えた机上旅行を楽しむ

 <ある日、主人が帰って汽車の時刻表を忘れて行った。退屈まぎれに手にとってみた。寝たきりの私には旅行などとても縁のないものだが、意外にこれがおもしろかった。>

 1958(昭和33)年刊行の松本清張『点と線』からの引用だ。病床の安田亮子が時刻表を偶然入手、愛読するようになり、現在時刻に、どの駅に列車が停車しているか、どこで列車がすれ違っているかを時刻表上の数字から読み取れるまでに発展していく。このくだりを詳しく書くと作品内のトリックを明かすことになるので、この辺でやめておく。

⇒【D刊】蜂谷あす美さん連載「いつもリュックに時刻表」

 点と線ではないけれど、時刻表などを使って旅行計画を立て、「行ったつもり」になることを「机上旅行」という。ルールは簡単で、ダイヤ上、きちんと乗り継ぎができればそれでよい。どこへだって行ける。設定された目的地が見知らぬ駅であるならば、字面からその様子を好きなように想起できるし、空想の世界であるため、体力やお手洗い、食事の不安もない。実際の旅は「ガイドブックで予想していたのと違う」としょっぱい思い出をこしらえることもあるが、その心配もご無用。子ども時分に将来を無邪気に思い描いていたのとよく似た明るさがある。

 机上旅行という言葉を知るより先に、それらしきことを私はしていた。使っていたのは北陸エリアの列車や東京方面行きの新幹線などがまとめられた「JR金沢支社時刻表」というポケットサイズの時刻表で、以前はダイヤ改正後に無料頒布されていた。今もたぶん150円程度で購入できると思う。実家に置いてあった。

 前述のように掲載内容は北陸で生活する人が必要とする情報のみだったため、この時刻表では日本を舞台とした壮大な旅行は企てられない。せいぜい大阪まで鈍行列車で行ってみるのが関の山だった。でもそんな素朴な旅のおかげで福井から関西方面に行くには、湖西線ルートと北陸本線・東海道本線ルートがあることを学んだし、自然と「時刻表の読み方」が身に付いた。

 あくまで空想の旅であるならば、必ずしも今にこだわる必要はない。数年前、敦賀の祖父宅で、国鉄時代の時刻表を発掘し、そこに並ぶ今はなき特急列車や寝台列車の名を眺め、時代を超えた旅に出かけた。現在、私の手元には昔の時刻表の復刻版があるので、書棚から引っ張り出しては時折、机上旅行にふけっている。

 2020年5月4日。福井駅4時49分発の一番列車で飛び出し、ひたすら鈍行列車で西に向かったら1日でどこまで行けるだろうか。試しにやってみたところ、23時42分、熊本県の八代駅に到着した。総距離は1004・7キロ、乗り換えは10回。実際に敢行するとなかなかしんどいものがあるけれど、あくまで机上旅行の世界。旅を想う心は、いつだって自由だ。(紀行文ライター・蜂谷あす美=福井県福井市出身)

⇒【D刊】福井駅から八代駅へ…乗り継ぎ例

関連記事