【越山若水】新型コロナウイルスによる外出の自粛に当たって、水上勉さんの気になっていた文庫本を入手し読み直した。「文壇放浪」(中公文庫)で、生誕100年に当たる昨秋、復刻された一冊だ。70代後半になり半世紀以上にわたる文壇との付き合いを回想している▼読書好きだった水上さんが若い頃の本の入手についてつづったエピソードが盛り込まれている。若狭から東京へ為替を送って本を取り寄せる、その方法を「東京からひく」と呼んでいたという▼自らを地方文学青年と表現し上京時の感想。さすが東京。若狭で読んだ本の作家が眼前を歩いていたのだからびっくりだ―と率直だ。町から美容院が消え、ダンスホールが消えつつあり戦時色を強めていたころで「誰もがまばゆかった東京の文士たち」の一節だ▼「水上勉の時代」(田畑書店)を執筆した1人、大木志門さんは解説で田山花袋、正宗白鳥ら作家による文壇史の流れにあるとし「戦後文学最良の時代を生きた作家による、最後の文壇史となるかも知れない」と評している▼今春、東海大の特任教授となった大木さん。ほかの大学でも講義があり連休明けの遠隔授業の準備に追われているとか。水上さんの「東京からひく」時代とは隔世の感である。コロナ禍で学生はバイトができず経済面では苦しいようだが、真摯(しんし)に学ぶ姿勢は忘れないで逆境を克服してほしい。

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