新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(国立感染症研究所提供)

こんにちは!ゆるパブメンバーのちばです。僕には3人の娘がいて、うち長女と次女が小学生なので今回の新型コロナウィルスによる休校で“早めにきた春休み”を過ごしています。最初は戸惑ったものの、これもなにかのチャンスだと思い子供たちには自由に遊ばせています。僕は「学校にいって机に座って学ぶこと」だけが勉強ではないよなとつくづく思うのです。

■義務教育を超えて

そもそも義務教育の意味は“子供たちが学ばなければいけない”のではなく“子供たちに学ばせなければいけない教育”のことを指しています。それを聞くと、「休校になっている間は子供たちに学ばせなければいけない!」「勉強しなさい!」と躍起になってしまう親御さんもいることだと思いますが、僕の考えとしてまず、学校にいくことは家族以外の社会を知るために必要なことだと思っていて、その学校が休校になった今は家族と、学校以外の社会を知るために必要なことだしチャンスだと考えています。だから、誰かに会うことも、ゲームしまくることも、だらしなく過ごすことも、新しい大人に会うこともすべてが子供たちにとっての勉強なんだと考える。宿題なんかしなくたっていいじゃんとさえ思ってる(笑)

ちなみに僕の娘たちには、あれしろこれしろなんて一切言わずに子供たちの意思にほぼ任せています。遊びたければ遊べばいいし、本を読みたければ本を読めばいいし。親が付き合えるのならどこかにでかけるし。この休みの間(3月中旬)にしたことといえば、山登り、健康の森で運動、読書、仕事場に連れていく、そしてダラダラとただ無意味に過ごす(笑)など、普段もしていることと、仕事場に連れていくという普段にはしないことも子供たちは体験をしています。なぜならそのすべてが学びだからです。

■子供たちの時間の過ごし方をどう受け止めるのか?

そんな感じで思いっきり子供たちはあるがままに休校ライフを過ごしていますが、子供がなにをするとかしないとかが大切なのではなくて、親や大人が“その時間の過ごし方にどう意味づけするのか?”が一番大切な気がしています。ダラダラ意味もなく過ごしていたとしても「無駄に時間を使って!」なんて思わず「無意味な時間からなにか生まれるかもしれないよね」と考えたり、ゲームしまくっているのならゲームが飽きるくらいまでやらせてみて「eスポーツ選手になる!」って言いだすかもしれないし、逆にやりすぎて飽きてやらなくなるかもしれないですよね。その一つ一つに親や大人が意味づけしてあげれば、子供たちのすべての行動が学びになるんです。それを「あれしろこれしろ」「あれはやるなこれはやるな」になっては子供たちの可能性はつぶれてしまうし、結局はただただ親や大人の枠組みのなかでしか動かず、指示待ちが得意な子供になりかねない。行動の一つ一つに白黒つけていたら子供たちが窮屈で退屈になるじゃないですか。

休校になった理由があまり前向きで明るいものじゃないから、どうしても後ろ向きに休校を捉えてしまいがちですけど、その意味づけの仕方で子供たちの時間はとても有意義に前向きなものになるはずです。

正直な話、“正しい休みの過ごし方”なんていらないし、宿題やっていれば優等生なのかといえばそうじゃない。休みの間に友達とケンカしたって、ダラダラ無意味に過ごしたって、その一つ一つの経験が子供たちの未来につながるんだよってことを最終的に伝えてあげることができれば、それが最高の学びになるんじゃないか?と思って、前例のないこのコロナでの休校を実験として子供たちを野放しにしてみているんです。暗雲立ち込める自粛ムードですが、その中で子供たちには思いっきりこのチャンスにたくさんいろんなものを感じてほしいなって思うんですよね。
※このコラムは3月中旬に書かれたものです。

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