Moi(フィンランド語で“こんにちは”)!去年の12月から福井に移住して株式会社akeruで働いています、一越(いちこし)です。僕はフィンランド留学によって、就活をしなくなりました。そして、様々な思いがあって「福井が良い。」と感じるようになりました。この記事は、就職や働き方についての僕なりの考えを書かせていただきました。『就活について考えている人』、『現状に少しモヤモヤしておりどうしたらいいか悩んでいる人』、『自分はこのままの生き方、働き方で良いのかと不安になっている人』そんな方に読んでいただけたらと思い筆を執りました。コロナウィルスの影響で拍車がかかり、時々刻々と変化していく世界の中で、自分はどのようにしていけばいいだろうと考える人も沢山いるのではないでしょうか。合説や始業式、オリンピックなどの相次ぐオフラインイベントの中止や延期。そしてオフラインからオンラインへの移行、取り残されてしまうSNS弱者。観光業や飲食業等の経済への大打撃。予想もしなかった問題が起こり、1年後ですら先行きが不透明になっている時代。そのような不安定な現状でも私たちは働いていかなければならないというのも事実です。どうなるか分からない未来だからこそ、僕の話も経験談の1つとして選択肢の1つとしてあることを知ってもらえたらと思います。そんな人も身近にいて、実際に生活しているんだという思って、読んでみてください。

■僕は、幸福度世界1位のフィンランドへ留学した。

ムーミン、サウナ、サンタクロース、マリメッコなど日本でも親しまれているカルチャーが多くあるフィンランド。幸福度1位、教育先進国としても有名です。そんな話題性と魅力あふれる国に、僕は金沢大学の派遣留学制度を用いてスポーツと教育を学びに10カ月間の留学を行いました。

現地の人と交流することで文化的に、潜在的に幸福度に左右している“感覚”的なものを理解したくて多くの人と交流しました。スポーツを一緒に行ったり、日本語の授業を教えたり、現地の学校で体育や英語の授業を見学したりしました。沢山の活動を通して、フィンランドの幸福の要因を知ることができました。

しかし、それとは逆に日本のある違和感に気づいてしまいました。

それが『生活と人の考え方』です。

 日本では長時間働くことが良しとされ、努力することが美徳とされているように感じます。これは個人的な見解なので、絶対にそうであるとは言い切れませんが。

「いや~今日もたくさん働いた~。」と長時間働いたことにマウントをとってくる人。

「これだけ努力してるのになんで結果が出ないんだ。」と、結果ではなく努力の指標だけで物事を考える人。

そんな人は周りにいるんじゃないでしょうか。“ブラック企業”や“過労死”という言葉が世間一般で共通言語として認識されていたり、以前TBSテレビで“わたし、定時で帰ります”のようなドラマが放映されていたりするあたり、否定もできないとは思います。

■僕の中で“働く”ことがより分からなくなった。

留学していく中で自分は何のために生きているんだろう、働くってなんだろうという想いも沸々と湧き上がってくるのが分かりました。その中で、今の企業や日本での就職感に対して違和感がはっきりと顕在化してきました。

―僕の中で出てきた違和感―

・新卒で本当に働きたいところなんて見つかるんだろうか。
何となく良さそう!で仮に入ったとして、その先ずっと働いていけるんだろうか。
それであれば人生100年時代の中の1年くらいやりたいことが見つかってなくてもいいんじゃないか。

・企業に就職するメリットってなんだろう。
アルバイトでも沢山働いたら最低生活はできるよね。
企業にいたら、しばらくは自分のしたいことができるかは分からないな。大企業だとしたら尚更かもしれないな。

・会社も職種も今はたくさんある。選べる状態にあるからこそ、その中で自分の本当に大切なことって考える必要があるな。
そう考えると、自分は“人”との関係が大切にできるような会社や環境で働いていきたいな。
けど、そんなの今の新卒の就職活動では難しいんじゃないか。

そうやって僕の“働く”という違和感が日本の就職活動と離れていく事に気づきました。考えれば考えるほど、何が良いのか分からなくなり、結局就職活動を1社しか行いませんでした。その企業にも行けずに、卒業と同時に僕はフリーターになりました。

■福井に惚れた。2つのこと。

大学を卒業して、これから何をしようか迷っていた時に今の会社と福井に出逢いました。全くもって意図せずに起きた偶然の産物です。そこからご縁があり福井に月に少なくとも1回は行くようになり、気づけば僕は福井に惚れていきました。

福井には、かけがえのないものが僕の中で2つあります。

それが、『人』と『何もない』ことです。 

福井ではコミュニティでの人間関係が非常に近しい状態であり、それが1つの特徴です。僕にとってとても心地良くありました。損も得も、そんな感情も超えて、その人のことを許容してちゃんとみてくれる。好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心なんて言葉もありますが、福井の人たちは好きも興味も僕にも向けてくれる。県外のどこから、なぜ来たか分からない様な24歳のフリーター男のことをちゃんとみてくれる。それはそれは、すごく心地のよいものであり、福井に住んでみたいなと思うようになりました。

もう1つの『何もない』ということ。一見ネガティブに聞こえますが、何もないというのは、雑念になるようなものが何もないということです。情報過多で、欲しいものが昔よりも簡単に手に入るようになった現代において、必要な物だけが身の回りにある状態というのは幸せなことだと思います。ミニマリストという言葉が世間で使われてきたように、多くを所有しないことが幸せの在り方の1つになっています。幸せは、最小限の必要性と、それができる環境にあるということではないでしょうか。それが福井にはありました。

自然との距離も近く、数十分車を走らせたら森や山に行く事だって可能だし、河川敷で黄昏ることだってできる。晴れてたらプラネタリウムが無くても、家から満点の星空だって観ることもできる。自然との調和や融合は幸せと結びついてくると思います。僕らの祖先が元々、自然と共生していたように。

僕の働くことや幸せのために大切にしている価値観が福井にあって、至る所に散りばめられていました。この価値観、これこそ僕がフィンランドで気づいた、『幸せになるヒント』でした。フィンランドの幸福度にも起因している要素が、福井にも当たり前にありました。
 


■幸せはひとそれぞれだけど。。。

身の周りにいる『人』。そして『何もない』ということ。

一度、目を向けてみてください。

都会にもモノやコトはたくさんあるけれど、そんなものお金さえあれば買えてしまう。

けれど、福井にはお金では到底買うことのできない、
そんなものと比較することのできない
幸せの原石があると思います。

留学、フリーター経験有、県外からきた24歳のどこにでもいるような男の所感でした。

この記事を読んで、
へーそんな視点があっだ。と、
改めて福井の良さに気づいてもらえたら
見直すきっかけになったら
移住させてもらった僕としても幸せです。

ほんとうにいいところです。ふくい。

読んでいただきありがとうございました。
Kiitos (フィンランド語で”ありがとう”)。
 

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