IOCのバッハ会長との電話会談を終え、取材に応じる安倍首相。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、東京五輪の開幕を1年程度延期することで一致した=24日午後9時12分、首相公邸

 東京五輪・パラリンピックの延期が決まった。Jリーグも4月3日の再開を先延ばしすることになった。世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響だ。次々と変化する状況を見ていると「今日の当たり前」が次の日には非常識となってしまうことも十分にあり得る。そのような中で未来を語っても意味がないのかもしれない。

 確実に言えることは、東京五輪・パラリンピックは選手の心に傷を負わせてしまう大会になるということだ。人生を懸けて競技に取り組んできたアスリートたちの心情を思うと気の毒でしょうがない。

 とはいえ、それはあくまでも平和で日常的にスポーツをやる環境に恵まれてきた人々の論理だ。世界にはスポーツを楽しむ余裕のない人のほうが圧倒的に多い。優先されるのは全人類の健康と安全だ。

 女子の場合は、ワールドカップ(W杯)の24に対し五輪は12と出場国数がかなり少ないので、プライオリティの高さに対する意見が分かれるかもしれない。それでもサッカー競技に限っては、23人登録で正当に競技力を競え合えるW杯があって幸運だといえる。五輪が唯一無二の目標となっている他の多くの種目から比べれば、おそらく延期になるであろう今回の五輪で受けるダメージは少ないのではないだろうか。

 3人のオーバーエイジを除けば23歳以下の制限がつく男子サッカー。延期になることで年齢制限がどのように考慮されるかは分からない。これまで通りの制限が踏襲されるのであれば、各地域の予選を戦ったチームとメンバーが大きく変わってしまう。延期の期間に従って年齢制限も上げるというのが落としどころだろう。

 そもそも男子の場合は選手個人としては、五輪に出場できるかどうかはかなり運に左右されるところがある。生まれた年で初めから優劣があるからだ。国際サッカー連盟(FIFA)のアンダーカテゴリーのW杯は2年毎の開催なので、チャンスはほぼ平等に与えられている。ところが4年毎の五輪の場合、23歳と20歳ではフィジカル面だけ考えても大きな差がつく。

 2012年ロンドン五輪当時、柴崎岳は20歳だった。J1鹿島では不動のレギュラーであっても、五輪のメンバーには選ばれなかった。五輪はいわゆる「はざまの年代」が大会ごとに生まれている。久保英建のように飛び級で招集される選手など、そう簡単に出てこないのだ。

 選手だったら誰もが国の代表になりたいだろう。しかし、男子サッカーに関しては生まれた年によってハンディを自覚している選手が多いのではないだろうか。五輪を逃したとしても他の競技より平穏な気持ちでいられるのは、さらにレベルの高いW杯という目標があるからだ。

 6大会連続出場とW杯が当たり前となっている若い世代の方には信じられないだろうが、30年前まで五輪は男子日本代表にとっても最大の目標だった。

 1968年メキシコ五輪で銅メダルを獲得するという輝かしい歴史も相まって、日本サッカー協会(JFA)は五輪に全力を注いでいた。というのも、当時のW杯はプロリーグを持つ一部の強豪国によって争われるはるか遠い存在だった。日本の実力を考えると、出場を夢見ること自体が無謀だった。

 78年のW杯アルゼンチン大会まで、本大会に参加できるのは16カ国。現在は32カ国なので半分だ。精鋭中の精鋭によって争われる異次元の大会。それがW杯だった。同大会では地元アルゼンチンが初優勝を飾った。主力メンバーには清水や横浜M、東京Vなどで指揮を執った現役時代のオズワルド・アルディレスがいた。

 アマチュアリズムが基本路線だった五輪のサッカー競技に、初めてプロ選手が出場したのは84年のロサンゼルス五輪からだった。W杯を最高の大会として維持したいFIFAは「W杯に出場していない選手」という条件付きで認めた。後に五輪の商業主義の始まりと言われるようになったロサンゼルス五輪。サッカー不毛の米国で一番の集客を記録したのは意外にもサッカーだった。味を占めた国際オリンピック委員会(IOC)が、多額の入場収入が見込めるサッカー競技に最高の選手を集めたいと思ったのは当然の流れだった。

 日本がアジア予選にフル代表を送り込んだ最後の大会となった88年ソウル五輪。92年バルセロナ五輪から、男子に「23歳以下」という年齢制限が設けられた。そして、W杯がフル代表による唯一の大会と定めるFIFAと目玉となるスター選手がほしいIOCによるせめぎ合いの末、生まれたのがアトランタ五輪から導入された「オーバーエイジ枠」だ。女子サッカーが正式種目になったのも、この大会からだった。

 サッカーにおける五輪の比重が他の競技と同じレベルでだったら、サッカー関係者はさぞかし落胆したことだろう。ただ、そこまでダメージを受けていないのはFIFAという団体がIOCと同等以上の経済力や発言力を持っていることに加え、何よりもW杯があるからだ。今回の延期で失望するサッカー選手がたくさん生まれるのは事実だ。それでも、他の種目のアスリートに比べれば、まだ良い方なのかも知れない。とにかくこの災いが早期に収まることを祈りたい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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