【越山若水】大阪府吹田市千里丘陵を会場とした日本万国博覧会の開幕からきのうで50年。アジアでは初めて、日本でも最初の国際博覧会だった▼1970年といえばカラーTVなどの家電が続々と登場、暮らしを豊かにし未来への高揚感に浸っていた。岡本太郎さんデザインで今日も人気の「太陽の塔」をはじめ、アポロ12号が持ち帰った「月の石」を展示したアメリカ館などのパビリオンが話題となった▼当時、通産官僚でイベントに参画し「万国博博士」の異名で知られたのが堺屋太一さん。中堅企業の共同出展館のオーナーとなって活躍した。著作「地上最大の行事 万国博覧会」(光文社新書)でこう指摘している▼五輪は公共事業だが万博は興行。客を呼び売り上げでペイしなければならない。「人を集め人を見せる行事」をコンセプトに掲げ「お祭り広場」を造ったという。77カ国が参加、6422万人が来場しイベントは黒字、大成功を収めた。5年後に再び大阪に万博が巡ってくる▼「万国博に原子の灯を」を合言葉に関西電力は、同社初の原発・美浜1号機から万博会場に電気を届けた。その関電で役員の金品受領問題を調査してきた第三者委員会が報告書を公表し、関電はトップ交代を明らかにした。免罪符となるものではない。この50年に築き失ったものを検証し、全容解明に向けて真剣に取り組む姿勢が求められる。

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