宮城県気仙沼市唐桑町に移住し、まちづくりに取り組んでいる加藤航也さん(右)と加藤拓馬さん。湾を囲むように防潮堤の建設が進む=宮城県気仙沼市唐桑町鮪立

 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市唐桑町に、福井県福井市出身の加藤航也さん(30)が5年前に移り住み、まちづくり団体を設立して人材育成や移住支援に取り組んでいる。父が福井県鯖江市出身で、震災直後に災害ボランティアとして入ったいとこの加藤拓馬さん(31)=兵庫県姫路市出身=ら他の移住者と共に、地域に新しい風を吹き込んでいる。

 唐桑町は遠洋マグロ漁や養殖などの漁業で栄えた。東日本大震災では最大20メートル超の津波が襲い、多数の住民が亡くなった。漁業も壊滅的な被害を受けた。唐桑半島西側の鮪立湾(しびたちわん)では今、防潮堤の建設が進んでいる。

 「町内にコミュニティーバスが走るならどこに止まってほしいですか?」。2月にあった唐桑町のまちづくり活動の発表会。グループ討論で進行役の航也さんが聞くと「コンビニ」「小学校」など住民からさまざまな答えが返ってきた。発表会では地元の小学生から漁師のOB会まで幅広い世代の20組以上が取り組みを紹介。まちづくりの活発さとともに、スタッフや発表者として随所に顔を出した移住者の存在感が光った。

 航也さんが最初に唐桑町を訪れたのは2011年8月。大学4年の時だった。4月からがれき撤去のボランティアで滞在していた拓馬さんを頼り、1カ月間、復旧作業に当たった。

 拓馬さんは11年いっぱいで町を離れるつもりだったが、気丈に見えた地元の人が「もう頑張れない」と率直に語ってくれたことや、滞在先の男性から「一緒にやっていこう」と声を掛けられたことで移住を決意。住民票を移し、唐桑の魅力を発信するサークルを立ち上げるなど復興に向けたまちづくりに取り組むようになった。

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