2時間20分29秒をマークして東京五輪代表に決まり、笑顔でポーズをとる優勝した一山麻緒=ナゴヤドーム(代表撮影)

 3月8日に行われた、雨の名古屋ウィメンズマラソン。

 2時間20分29秒の日本歴代4位のタイムを出し、東京オリンピックの女子マラソンの代表に内定した一山麻緒のランニングフォームは、惚れ惚れするような美しさだった。

 リズミカルで、全身のバネがきいていた。短距離でもスピードがあり、きっと中学、高校時代の体育の評定は「5」だったに違いない。

 終盤までその美しさは保たれ、雨が降り、気温が低い悪条件の中で好タイムが生まれた。

 見逃してならないのは、昨年9月15日に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の時とは、一山の走りの質が変わっていたことだ。

 この要因は、ナイキの新しい厚底シューズ「エアズームアルファフライネクスト%」に帰結する。

 この新しいシューズが、一山が内包するバネを見事なまでに前方への推進力へと変換させ、彼女が持っている能力を最大限に引き出しているように見えた。

 レース後、一山のコメントが印象的だった。「苦しい時間は、そんなになかったです」

 きっと、新しいシューズを使いこなせる走りを発見し、一山としても走るのが楽しかったのではないか。最新技術を自分のものにした勝利である。

 これで代表選考レースはすべて終了し、女子は前田穂南(天満屋)、鈴木亜由子(日本郵政グループ)そして一山の3人が代表に内定した。

 日本の女子マラソンは、2004年のアテネ大会で「金」を獲得した野口みずきさんを最後に、オリンピックのメダルから遠ざかっている。

 アフリカ勢のレベルが上がったから、という一般的な解釈は確かに正しいが、私の取材現場での印象で言えば、個性的な選手が少なくなっていたのも一因ではないかと思う。

 過去のオリンピックメダリストの有森裕子さん、高橋尚子さん、そして野口さんの3人は、表現力が豊かな人物ばかりだ。テレビの解説を聞いていれば、ご理解いただけると思う。

 野口さんは現役時代、恩師の藤田信之氏にこんな言葉を掛けられていたという。

 「感動できる人間でなければ、人を感動させられるような走りはできない。だから、いろいろな素晴らしい芸術を見なさい。心を動かしなさい」

 感受性を磨くことで、表現力を豊かにすることがメダルの獲得につながったという。

 女子の指導者は、どちらかといえば表現力を抑えがちである。現在も、女子長距離選手で、SNSのアカウントを持っている選手は少数だ。

 名古屋ウィメンズが終わり、ナゴヤドーム内の特設スタジオで有森さん、高橋さん、野口さんのメダリストと自然体で話す一山の姿を見て、表現力がこの日の走りにつながったのだなと思った。

 日本のマラソンは、男子だけでなく女子も復活の気配が見えてきた。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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