会社というのは、かなりやっかいな組織である。社員は毎日のようにそこに通い、同じ職場の人たちとは、場合によっては家族よりも長い時間を共有する。年齢も育ちも、仕事についての考え方も異なる人たちが集まっているのだから、必然、人間関係も複雑になる。

 いじめはもちろん、セクハラやパワハラも簡単にはなくならない。その時々のトラブルや問題を解決するためにできたルールや文化も積み重なっていて、今では不合理に見えても、なかなか変わりにくい。

 絲山秋子の『御社のチャラ男』は、おかしいけれど、笑えない会社小説である。辛辣なユーモアに何度もヒヤッとする。そして、会社という組織の不可思議さや不気味さがじわじわと浮かび上がってくる。

 タイトルにもなっている「チャラ男」とは、ある地方都市の企業「ジョルジュ食品」に勤める三芳部長のこと。社内や社外の人たちが、チャラ男についてあれこれ語る。それらの人物評を列挙しよう。

 「軽いしちょっと変わってるけれど、そんなに悪い人ではない」

 「責任感はないが危機管理能力は高い。そして常に自分中心だ」

 「支配したいだけなんだろ」

 「脈絡がないし受け売りばっかり」

 たぶん、どれもあたっている。他人の目を通して、チャラ男の輪郭が徐々に色濃くなってゆく。同時に、それぞれの語り手たちの仕事への向き合い方や会社との距離の取り方も伝わってくる。

 「ジョルジュ食品」という会社に対する社員たちの不満や批判は、世の多くの会社に当てはまりそうだ。

 「当社では人員が常に不足している。(中略)誰がいなくなっても補充はなくて、欠員のまま仕事だけが増える」

 「この会社は異様に古くさい。やることなすこと効率が悪い」

 会社生活を「地獄巡り」と表現する社員もいる。

 チャラ男は部下たちを「お仕事教の信者」と断じて、こう思っている。「かれらの悪いところは働きすぎることだ。(中略)お仕事様に奉仕する時間が長ければ長いほど信心深いと思っているみたいだ」

 そんな社員たちを抱える会社はどうなるのか。ジョルジュ食品の今と未来が、その会社のある街の今と未来に重なって見えてくる。そして、時代の変化に対応できない組織の行く先はそのまま、日本社会の向かう場所をも暗示している。

(講談社 1800円+税)=田村文

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