メリーランド州陸運局のロビー。整理番号で呼ばれた窓口へ行き、発行手続きと免許証の写真撮影、視力検査などをする=2020年1月筆者撮影

 米国生活を送る上で避けては通れない運転免許の取得だが、ひとことで言えばこれがなかなか“手ごわい”。米国の免許は州ごとに発行される。初めて免許を取ったマサチューセッツ州では受付窓口に3時間以上並び、ロードテスト(路上試験)では2度落とされた。

 次に免許を取ったカリフォルニア州では、発行手続きがスムーズに進み、大いに喜んだが、肝心の免許証が一向に郵送されてこない。結局、ほぼ3カ月後にようやく受け取った。

 そして1年前、メリーランド州で免許を取った。メリーランドは2016年、米国内で最初に日本の免許証があれば、筆記試験とロードテストを免除する制度を導入した。初めて米国で免許を取る日本人居住者には大きく負担が軽減され、歓迎されている。

 だが、滞在ビザの種類によっては有効期限が1年間と短く、私たち夫婦もその該当らしい。「マサチューセッツは5年、カリフォルニアも4年有効だったのに」。ちょっと不満はあるものの、この1年で自分の米国暮らしの経験値がどのくらい高まったか試すにはちょうどいい機会だと、気持ちを切り替えた。

 激しいみぞれが降る中、ハイウェイを30分近く走り、夫と最寄りのメリーランド州陸運局へ出向いた。受付に並んでいたのは20人弱。日本だったら10分もかからずに窓口までたどり着けそうなものなのだが、この日も思うようには進まない。米国では列を整理するスタッフも何のための列かをわかりやすく指示した看板もあまりみかけない。そのせいで、延々と並んだ末に、違う列だったことがわかり、肩を落として、もう一度“振り出しに戻る”ことも一度や二度ではない。

 この日も、列が進みだすタイミングになり、私たち夫婦が、先にいた男性に割り込む形で並んでしまったことに気づいて、慌てて声をかけた。「お先にどうぞ」。

 すると、彼は肩まで伸びた金髪のくせ毛を楽しそうに揺らしながら、私たち夫婦にそのまま先へ進むよう勧め、そして微笑んだ。

 「気を遣ってくれて、本当にありがとう」。礼を言いながら胸に手を当てておじぎまでしてくれた彼の仕草に、心が温まる。こんな何気ないやりとりが日常のあちこちで交わされ、米国の生活はどことなく人間味にあふれている。

 彼のおかげでちょっといい気分のまま、受付カウンターへたどり着いた。無事、整理番号を受け取り、待合ロビーへ行こうと振り向くと、夫が窓口の女性職員に厳しい口調で「受け付けられない」と言われている。夫の身分証明の一つが足りなかったらしい。交渉を聞き入れてもらえず、ベテラン職員らしい彼女は貫禄あふれる声できっぱりと宣言した。

 「奥さんはロビーへ進んで。あなたはダメ」。

 仕方なく、荒天の中、もう一度、自宅へ取りに帰るという夫の背中を見つめながら私はつぶやく。“夫、振り出しに戻る”。この1年で身に付いたのは、こうしたハプニングに動じなくなったことだけなのかも、と思いながら。(渡辺麻由子)

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 元福井新聞記者で、夫に同行し米国生活する筆者が現地の生活をつづります。子どもを通して見えてきた教育事情や働き方の違いなどを紹介します。

 ■渡辺麻由子(わたなべ・まゆこ) 元福井新聞記者。結婚を機に福井を離れ、退職。夫の留学で2012~13年米国マサチューセッツ州で生活し、帰国後フリーライター・編集者として活動。夫の転勤で18年カリフォルニア州、19年からメリーランド州で暮らしている。ハイスクール2年生の二女と、カリフォルニア・ロサンゼルスに残り、大学に通う長女がいる。

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