落合治さんが寄贈した五輪東京大会の制服一式(右)とローマ大会の制服=1月28日、福井市の福井県立歴史博物館

東京五輪で当時の今立町長らから贈られた寄せ書きを広げる落合さん=1月6日、京都市

 福井県出身者として初の五輪選手で、1964年東京五輪の射撃ラピッドファイアピストルに出場した落合治さん(88)=福井県越前市(旧今立町)出身、京都市在住=が、東京大会の日本選手団の赤いブレザーや帽子などを、福井新聞社を通じて福井市の福井県立歴史博物館に寄贈した。同館では4月にも展示会を開く予定。落合さんは「日本の代表として『がんばらないかん』という気持ちになったことを覚えている。福井の皆さんに見てもらえればうれしい」と話している。

 落合さんは武生高校を卒業後、警察予備隊を経て京都府警に入った。警察官の射撃ラピッドファイアピストル全国大会で優勝するなどして日本代表選手となり、五輪は60年ローマ大会(35位)、64年東京大会(24位)に連続出場した。福井県の記録によると、落合さんのローマ大会出場は、福井県出身者で初めての五輪だった。

 寄贈したのは東京大会の赤ブレザー、白いズボン、ネクタイ、ベルト、バッジ、帽子と、ローマ大会の白ブレザー、白ズボン、ネクタイ、ベルト。東京大会の健闘を願った当時の今立町長らの応援寄せ書きもある。

 特に東京大会のブレザーは、開会式がカラー写真やカラー映像で残っており日本選手団の象徴だった。NHKのアナウンサーが「男子は真っ赤なブレザー、女子も真っ赤なブレザー。赤と(ズボンの)白のコントラストは開催国日本の意志と力を振りまくようであります」などと実況したことで知られる。

 落合さんは開会式について「前日までの雨がうそのように晴れ渡ってね。『ええ天気になってよかったなー』と思ったのを覚えている」と振り返る。56年ぶりの東京大会を前に「制服などを所有していても、しまっておくだけ。せっかくなので福井で多くの人に見てもらうなど、活用してほしい」と話している。

 県立歴史博物館の山形裕之学芸員は「保存状態が非常にいい。福井県出身で唯一東京五輪に出場した落合さんが着用したもので極めて貴重」としている。

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