【越山若水】いつの世も親が子を思う気持ちに変わりはない。中でも母親が持つ母性愛は最も気高く、最上の愛だといわれる。それを証明するような歌がわが国最古の万葉集に収められている▼奈良・天平時代、聖武天皇は仏教による治世と文化国家の建設を推進。その一環として中国へ遣唐使を派遣した。大陸に向かう船が大阪を旅立つのを見て、母親は子どもとの別離を悲しみ次のように詠んだ。「旅人の宿りせむ野に霜降らばわが子羽ぐくめ天(あめ)の鶴群(たづむら)」▼どうやら息子は一人子のようで、母は竹製の管珠(くだだま)を飾って神に祈る。「わが子よ、無事でいてくれ」と。そして先の和歌を添えた。唐に渡れば野宿もするだろう。霜が降るかもしれない。それならば天空を飛ぶツルの群れよ、舞い降りてわが子を羽で包んでおくれ…▼歌の背景にあるのが「焼け野の雉子(きぎす)、夜の鶴」という成句で、わが身の危険も顧みず子を救おうとする親の深い愛情をたとえたもの。万葉学者、中西進さんの「ことばのこころ」(東京書籍)で教えられた後に、児童虐待の過酷な実態を目にするのは何とも心苦しい▼警察庁によると、昨年1年間に虐待の疑いがあると児童相談所に通告した子どもは9・7万人、摘発された事件は1957件。いずれも過去最多である。県内でもその数は急増している。「わが子羽ぐくめ」と歌った万葉人の親心を思い出してほしい。

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