講演で古里を訪れインタビューに答える藤田宜永さん=2015年3月、福井新聞社

 「いまだに郷土愛なんて言えない。でも結果的に福井が僕を小説家にしてくれた。原点なんだ」。1月30日死去した福井県福井市出身の作家、藤田宜永さんは中学を卒業後、完璧を要求し続ける母親から逃れるようにして上京。終生古里への複雑な思いを抱えながら、直木賞作家となった後も福井の食や友人を愛し、講演や文学賞審査の依頼があれば二つ返事で引き受けた。生来の優しさゆえに、故郷を憎みきれなかった。

 藤田さんが描くハードボイルドの主人公はどこか孤独の影を抱え、ドライで人となれ合うことがない。「あまり親密にならないように心がけて書いている」と語っていた。自身も見た目にはハードボイルドな雰囲気をまとっていたが、その実人なつっこく、どこまでも優しかった。

 「なかなか書けなかった」という自伝的小説「愛さずにはいられない」(集英社)を刊行したのは、デビューから17年を経た2003年。主人公の高校生、藤岡の目を通して描かれたのは、世間体を最優先し、ささいなことに執着し、欠点をあげつらう母親の姿だった。後に藤岡は「過去は過去である。植え付けられてしまったものをいまさら払拭できないのだから、それを原点として生きなければならない」と語る。

 愛されなかった孤独を女性と酒に求め、早稲田大中退後にフランス人女性を追いかけてパリへ。小説のような波瀾万丈の経験が、作家として身を立てる糧になった。

 寂しい思い出の残る福井。「本当は帰りたくないんだよ」と語りながら講演を頼まれると断らず、生来のサービス精神と「文壇一のおしゃべり」を自認する冗舌で沸かせた。“鉄板”の話は、夫婦で直木賞を競わされたとき、受賞した小池真理子さんに「俺の直木賞はお前だよ」と語ったというきざな逸話。好物は「ソースカツ丼とおろしそば」と語り、客席を喜ばせた。

 公私ともに親交のあった県ふるさと文学館の尾崎秀甫学芸員は、仕事で悩んだときに藤田さんが電話で掛けてくれた言葉が忘れられないという。「自分は逃げてきた人間だから。誰だって逃げたいときはある。そんなときはいつでも連絡してくれよ」。深い孤独や悲しみを知るがゆえの優しさ。直木賞作家藤田宜永を生んだのは、まぎれもなく福井だった。

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