「ジャパンマスターズ2019」に臨む長岡三重子さん(手前)とコーチの沢田真太郎さん(奥右)=2019年9月23日、福岡市

 「年が明けてからも、連日のようにプールに通ってらっしゃいます」。東京五輪・パラリンピックが開かれるオリンピックイヤーを迎えた1月、その体力と精神力であらためて周囲を驚かせているのは、105歳で山口県田布施町に暮らす長岡三重子さんだ。80歳で水泳を始めてから四半世紀。国内外の大会に出場しては、次々に記録を塗り替えてきた「スーパーおばあちゃん」は、生涯24回目となる五輪開催の年を元気に迎えている。

 長岡さんは、第1次世界大戦が始まった1914年に山口県内の商家に生まれた。「前畑ガンバレ」のラジオ放送で知られ、36年のベルリン五輪200メートル平泳ぎで優勝した故前畑秀子選手と同い年に当たる。田布施町の卸問屋に嫁ぎ、50代で夫を亡くしてから約40年間、一人で家業を切り盛りし、家事や遠出もこなしてきた。水泳を始めたのは80歳の時。傷めた膝のリハビリが目的だった。

 当初は25メートルも泳げなかったが、「始めたことは一生懸命やる」という性格で、地元の温水プールに通うように。国内外のマスターズ水泳大会にも出場し、次々と記録を樹立。2015年には100歳で女子1500メートル自由形に出場し、100〜104歳の部で、世界で初めて1500メートルを泳ぎ切った。当時、ゴールの後に「寿命があれば105歳まで泳ぎたい」と話していた。長岡さんのコーチで、同県柳井市のスイミングプール社長の沢田真太郎さんは「いくら何でも105歳までは…」と半信半疑だったが、この5年間、長岡さんを見守り続け、「その精神力の強さに、105歳で大会に出場するのは夢ではないと思えるようになった」と舌を巻く。実際、昨年秋に開かれた福岡市での「ジャパンマスターズ2019」に出場。原則5歳ごとに区切って順位を競う同大会で、初めて設けられた「105〜109歳」の部に1人で参加し、長水路(50メートルプール)女子50メートル背泳ぎに挑んだ。途中で棄権したものの、国際水泳連盟が記録を公認する国内大会で最高齢の出場者となり、有言実行を成し遂げた。

 さすがに近年は耳が遠くなり、会話もままならない場面が増えてきたが、プールサイドでは笑顔も見せ、達成感もにじませていた。沢田さんは「挑戦し続ける姿からは、コーチとして教えるより教えられることの方が多い」としみじみ語っていたのが印象的だった。(野沢昭夫・共同通信社記者)

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