ジョゼベル・パガデュアンにTKO勝ちし、2度目の防衛を果たした天海ツナミ=内之浦銀河アリーナ

 昨年12月。女子ボクシング世界戦の取材のため、聞き慣れない土地への出張を命じられた。

 場所は鹿児島県肝付町内之浦。早速地図アプリで検索をかけると、画面に映ったのは大隅半島の外れ、山に囲まれたのどかな港町だった。

 こんな田舎で世界戦ができるのか、客は集まるのか―。博多駅から新幹線にフェリー、バスを乗り継いでたどり着いた先で、そんな第一印象は見事に裏切られた。

 実は内之浦は小惑星探査機「はやぶさ」など多数のロケットを打ち上げてきた内之浦宇宙空間観測所で知られ、「宇宙に一番近い町」を自負する町でもある。

 試合を行ったのは、世界ボクシング機構(WBO)女子ライトフライ級王者の天海ツナミ(山木)。同級1位の挑戦者、ジョゼベル・パガデュアン(フィリピン)を8回TKOで下し、2度目の防衛を果たした。

 2018年の日本女子最優秀選手賞を受賞した35歳の実力者にとって、肝付町は思い出深いふるさとでもある。

 生まれは沖縄だが幼少期に内之浦町(現肝付町)に移り住み、試合会場となった内之浦銀河アリーナにほど近い、内之浦小、中学校の卒業生だ。

 かねてから故郷に凱旋しての世界戦を夢見ていたという天海の思いに応えるため、昨年2月に地元の有志で実行委員会が発足した。

 興行面も重視されるボクシングの世界戦は都市部での開催が通例だ。

 男子と比べて認知度の低い女子の試合ということもあり、当初は資金集めに苦労したという。

 それでも肝付町観光協会会長で、世界戦の実行委員長も務めた山下建一さんを中心に、地元企業を回り続けた。

 チケットの売り上げも含めて「収支はとんとん」だというが、何とか開催にこぎ着けた。当日は肝付町職員ら約120人がボランティアで運営に当たり、肝付町の永野和行町長も駆けつけた。まさに町を挙げての開催だった。

 山下さんは「(天海は)地元の誇り。(会員制交流サイトの)SNSを活用したり、ポスターを張りに行ったりと、手弁当でみんな動いてくれた。人も集まったし、日本ボクシングコミッション(JBC)やWBOからもいい評価をもらった」と胸を張る。

 天海の母校、内之浦小、中学校の生徒からのメッセージの張り出しや、地元学生によるパフォーマンス披露など、派手な演出こそ無くても、手作り感があふれるおもてなしで雰囲気を盛り上げた。

 試合は天海が一方的に攻めた。序盤は硬さも見えたが、パガデュアンの大ぶりなフックを早々に見極める。

 圧倒的なホームの後押しも受けてロープ際に相手を追い詰める展開が続き、8回に連打を重ねたところでレフェリーが試合を止めると、約1000人を集めた場内から割れんばかりの歓声が上がった。

 試合後、一番に地元の声援や試合の実現に尽力した人たちへの感謝を述べた天海。「入場の時から涙が出そうで、ぐっとこらえていた。地元を元気づけたいという思いでずっとやっていた」と感慨に浸っていた。

 客層は普段のボクシングの試合と異なり、高齢者や子どもも多かった。多くの子どもたちにとっては初のボクシング観戦である以上に、初めて世界レベルのスポーツに触れる機会でもあった。

 山下さんは「ここ内之浦で開催できたことには大きな意義がある。大成功でした。スポーツで世界を目指す子が増えたらうれしい」と興奮気味だった。

 人口1万5000人ほどの田舎町で実現した世界戦。プロチームや有力な実業団チームがない地方の町でも、地元の施設を活用し、スポーツの面白さを届けられる可能性を示したといえるのではないだろうか。

石川 悠吾(いしかわ・ゆうご)プロフィル

2017年共同通信入社。広島支局での県警担当、本社運動部での遊軍記者を経て2018年12月から福岡支社運動部でプロ野球ソフトバンクや相撲などを取材。神奈川県出身。

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