【越山若水】近代日本美術の発展に貢献した福井ゆかりの岡倉天心。生前には水仙をこよなく愛したことはよく知られている。東京都台東区谷中(やなか)の天心宅跡などからなる記念公園には、福井から贈られたという越前水仙が植えられ、都民にも親しまれている▼天心は1904年、門弟の横山大観、菱田春草らを伴い渡米。ニューヨークで、英文の「日本の覚醒(かくせい)」を出版している。日露戦争が勃発した年だった。今日では翻訳されており、英文も併せて収録している講談社学術文庫で、気軽に読める▼西洋思想が押し寄せた激動の明治維新に際した日本を踏まえ、天心は「雪にうずもれた水仙が天の一瞥(いちべつ)をえようと思いこがれるように、ものいわぬ魂は、春の予言をうちにひめて、じっと堪(た)えていた」と表現。水仙に寄せる思いの強さを際立たせている▼亡くなる1カ月前には、インドの女性詩人にあてた手紙が存在していたことを天心の孫、岡倉古志郎(こしろう)が「祖父岡倉天心」(中央公論美術出版)で明らかにしている。既に死を覚悟していたとみられ、追伸に「もしも私の記念碑を建てねばならぬというのであれば、水仙をすこしばかりと香わしい梅樹を植えよ」と水仙になおこだわり、いかに愛していたかがしのばれる▼ちなみに「こしの水仙まつり」がきょうまで、福井市の越前水仙の里公園で開かれている。山肌に咲く、水仙を楽しみたい。

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