【越山若水】「ルビコン川を渡る」とは古代ローマの将軍ユリウス・カエサルの故事にちなんだ成語である。後戻りできない道へと歩み出す重要な決断を下す意味で「一線を越える」と同義である▼ルビコン川は当時、イタリアとカエサルが統治するガリアの境界線だった。軍隊が渡河することは法律で禁じられていたが、元老院はあえて将軍を呼び戻すよう命じ、反逆の罪を着せようとした。それを承知で彼は「賽(さい)は投げられた」と戦いで血路を開く選択をした▼ただその川自体、渡るのが困難なわけではない。アペニン山脈からアドリア海に流れる全長約30キロ、下流域の幅員は最大5メートルほどの小河川。近くには橋も架かっていた。つまりどうやって対岸に渡るかより、渡河するかしないかの判断こそが重大だという教訓である▼米国によるイランの司令官殺害、対するイランの報復ミサイル攻撃。世界を震撼(しんかん)させた全面衝突はひとまず回避された。しかし米国は経済制裁を追加し、イランは米軍の中東撤退を要求。対立の火種は今なお残っている。そもそも中東自体が世界の火薬庫といわれる▼いうなれば、戦闘の引き金になる危険性が至る所に潜んでいる。緊張感が漂う情勢下、日本政府は海上自衛隊を中東海域へ派遣する。ペルシャ湾やホルムズ海峡は対象外と言うが、ローマ内戦の口火となったルビコン川は極めて小さな河川だった。

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