男の逮捕や裁判を報じる新聞記事

 2018年秋のある日。午後7時半ごろだった。福井県坂井市のJR春江駅から県内を1日中移動していた受け子の20代の男は、関東へ帰るため越前市のJR武生駅で切符を買った。突然、職務質問された。いつの間にか刑事に取り囲まれていた。20人、いや30人ほどいただろうか。

⇒【特集】詐欺グループの実態迫る「受け子その大罪」

 「福井では犯行していないし、捕まらないと気を抜いていた」

 “高額バイト”を始めて1カ月足らず。「終わったな…」。報酬を一度も手にすることなく手錠がかけられた。

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 この日午後2時半ごろ、JR春江駅周辺で不審な電話が多発したことを受け、福井県警が動きだしていた。「必ず捕まえる」。多数の捜査員を同駅周辺へ急行させた。捜査員は男を見つけ武生駅まで5時間にわたり尾行していた。

 巧妙に実態を隠し「裏」に潜む特殊詐欺グループで末端に当たる受け子は「表」に出る数少ない存在だ。「検挙を積み重ね『福井へ受け子を行かせたら捕まる』と思わせることが抑止につながる」とある捜査員。受け子の摘発が組織壊滅に結びつくケースは少ないが「組織の中枢に切り込む端緒であることは間違いない」と話す。

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 男は、高齢者宅6軒でキャッシュカードなどを盗み、現金自動預払機(ATM)から計1237万円を引き出したとして起訴された。起訴分のほか、3軒でキャッシュカード約10枚を盗み、約800万円も引き出したという。「犯行には徐々に慣れたが、最後まで罪悪感は消えなかった」

 2019年5月の一審判決。福井地裁は「末端の立場とはいえ、犯行に不可欠な役割を果たした」と断罪、懲役3年6月を言い渡した。

 判決後、男は量刑を不服として控訴した。二審判決まで過ごした金沢市の金沢刑務所の拘置監で9月、中国を拠点とする特殊詐欺グループの十数人が摘発されたとのニュースをラジオで聞いた。「自分がいた組織の幹部かも…」。ある記憶がよみがえった。

 2018年、指示役から「中国に行って電話をかける『かけ子』をしないか」と誘われていた。「場所はホテルで日本人しかいない。バイト代は月300万円ほど」。パスポートは用意するという。破格の給料は魅力だったが、一度行ったら1カ月は帰国禁止。怖くて断っていた。

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 10月、控訴は棄却された。被害者への弁償は6人に1万円ずつしかできていない。後悔は消えない。ツイッターで安易にバイトを検索したこと、犯罪と気付いても続けたこと…。「勇気を出してやめるべきだった」。ツイッターから犯罪にはまっていく危険性も身をもって知った。

 特殊詐欺が社会問題化していることは知っている。だが、これからもだます人、だまされる人がいなくなることはないと思う。

 男は、取材場所となった金沢刑務所の面会室でこうも語った。「特殊詐欺の手口はさらに複雑、巧妙化するはず」

⇒【前回】トイレ個室越しに現金、手口徹底【受け子の実態】

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