【越山若水】「苦肉の策」と聞いて、大多数の人は考えあぐねた末に思いついた計略のこと、つまり「窮余の一策」と同義語であると理解するだろう。しかしそれは本来の意味ではないらしい▼そう指摘するのは「さらに悩ましい国語辞典」(神永曉著、時事通信社)である。実は、敵を欺くためにわが身を苦痛にさらすほどのはかりごと。江戸後期のことわざ辞典「譬喩尽(たとえづくし)」では、勧進帳で有名な源義経と武蔵坊弁慶による奥州平泉への逃避行を挙げている▼一行が加賀国(石川県)の安宅関を通過するとき、関守の疑いを晴らすため弁慶は白紙の巻物を勧進帳に見せかけ読み上げた。義経が怪しまれると持っていた杖(つえ)で激しくたたき危機を脱出した。主人を打擲(ちょうちゃく)する弁慶の心痛は計り知れず「苦肉の策」そのものだった▼では日産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告の逃亡劇はどうだろう。特別背任の罪などで保釈中でありながら、年の瀬に中東レバノンへと高飛びした。準軍事的組織と作戦を練り、自家用ジェットを使い、楽器の収納箱に身を潜めての出国は映画のシーンそっくり▼「正義からの逃避ではなく、不公平と政治的迫害から逃げた」とは本人の釈明。それなら法廷で堂々と主張すべきだろう。今後、ゴーン被告は日産復活の立役者でなく罪を重ねた人物と記憶される。その意味で今回の選択は「苦肉の策」かもしれない。

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