【越山若水】江戸時代の俳人、松尾芭蕉が奥の細道の旅に出て今年が節目の330年に当たり、ゆかりの敦賀市などでイベントが展開され盛り上がった▼1689(元禄2)年3月に江戸の深川を出発し奥州、北陸道を巡り美濃大垣までほぼ2400キロ、約150日の行程だった。ところが明治になってのことだがこの旅をしのぐ俳人がいた。河東碧梧桐。「かわひがしへきごとう」と読む▼三千里1万2000キロもの遠大な俳句行脚だった。1906年8月東京から東北、北海道、越後を経て翌07年12月東京着が第1次。09年4月から11年7月が第2次で北陸、山陰、九州、沖縄、四国、山陽、近畿、東海を旅した▼後に「三千里」「続三千里」と2冊に分けて単行本化され、2週間ほどの福井県内の滞在記は「続三千里」に収められている。「福井の人物と言えば、先(ま)ず指を春嶽、景岳に屈せねばならぬ」と橋本景岳の墓詣で。九頭竜川では小舟をうかべ楽しみ、藤島村にある新田塚などを訪れ南下し敦賀、小浜を経て舞鶴に向かった▼明治の教養人による福井旅行記ともいえ味わい深く含蓄に富む。その河東を大野市出身の詩人、正津勉さんが取り上げたのに続き、奇遇ではあるが越前市出身の書家、石川九楊さんも30年以上にわたり収集した資料を基に評伝を出版した。不遇をかこった明治を代表する俳人の再評価につながればと思う。

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