著者はドイツ連邦情報局にいた10年間、犯罪組織のメンバーを情報提供者に仕立てる仕事に就いていた。
ある日、ロシアの犯罪組織を摘発するべく、その中枢に近い人物から内部情報を入手せよ、とのミッションが下る。偶然を装って相手と同じフライトに何度か乗り合わせる。会話を重ねて親密に。尾行と監視。やがて正体を明かし、真の目的を告げる日が。息詰まる心理戦……まるでハリウッド映画のようだ。
だが本書はスパイサスペンスでもノンフィクションでもなく、純然たるハウツー本。見ず知らずの人間に接近し、いかに短期間で関係を築くか。実話に基づくケーススタディーに添って、情報員のテクニックを伝授する。
相手の心をつかむ著者の基本姿勢は拍子抜けするほどまっとうだ。敬意に満ちた公平な態度で接する。相手の価値を評価し賞賛する。相手への誠実さを失わない。
随所に『情報局心理学』なるスパイ教科書や、連邦情報局の「情報員マニュアル」から具体的なノウハウが引用される。「正面からではなく横から話しかける」「自分のちょっとした秘密を打ち明ける」「自分を信じるために成功日誌を付ける」
これって、ちまたにあふれる恋愛成功術や職場マネジメント術ではないか。ドイツの諜報機関は本当に、こんな俗っぽいマニュアルを使っているのか? 著者は退職後、「人を楽しませるコツとユーモアをテーマに講演やセミナーで活躍」しているという。緊張感に欠ける。ドイツ、大丈夫か。
(阪急コミュニケーションズ 1600円+税)=片岡義博