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『プログラム』土田英生著 日常と地続きの非日常  

(2017年4月21日午前11時52分)

   


 私たちは決して、同じ世界を見てはいない。いや、見ているのは同じ世界なのかもしれないけれど、肝要なのは、世界のどこにピントを合わせるかである。それは作家の数だけあって、読み手は自分にフィットする1冊を求めて書店をめぐる。書籍に限らない。テレビだって映画だって演劇だって、そんなふうにして作り手と受け手は互いを選びあっている。

 土田英生は演劇畑で生まれた作り手である。関西を拠点に「MONO」という劇団を率いて、軽妙な会話劇をいくつも紡いできた。彼はまず、状況設定を置く。それらは、わりと、突拍子もない。先日上演された舞台『ハテノウタ』で描かれたのは、ある薬によって老いを止めることができる人間たちの、100歳を目前にした同窓会。私が愛してやまない『地獄でございます』(07年)は、死んで、地獄へ収容されるまでの、受け付けの一室。何とものん気な死者たちと、全然怖くない鬼たちが闊歩する。

 けれど、それらのシチュエーションの中で描かれるのは、そのシチュエーションの推移ではない。土田作品における照準は、「それらのシチュエーションの中で交わされる日常会話」に置かれる。

 本書も、そんな感じである。古き良き日本を再現した「日本村」というテーマパーク。得体の知れない発電システムが原因(と思われる)で、謎の赤い雲が空の上に浮かび、徐々に大きくなっていく。人々は耳に異変を感じ、突然眠気を訴え、次々と眠り始める。けれど土田は、その赤い雲の正体が何なのか、その解明に重きを置かない。徹底して、その赤い雲の下にいる人々に照準を合わせる。毎日、売店の売り子が手渡してくれるカレーパンをこよなく愛する男。妻と離婚して若い女と再婚し、順風満帆に思われた男を襲う大小の危機。駅に居合わせた女子の恋バナに聞き耳を立てる男。夫のDVから逃れてここまで来たけれど、交通費がなくて困り果てる3人組の女たち。豪華客船を貸し切って、普段はできない笑い話に興じる葬儀屋たち。その頭上で、ただただ、赤い雲が膨張していく。本書に綴られているのは、そんな風景だ。

 壮大な謎解きや、死ぬの生きるのといった人々の極限や、何だかそういうようなものを期待すると肩透かしを食う。けれど、この本は教えてくれる。どんなにありえない事態が訪れようと、それは私たちの、普段の、日常の、延長線上に降ってくるものなのだと。災害も事故も戦争も、私たちののん気な日々と地続きだ。だから恐ろしい。じわりと恐ろしいのである。

(河出書房新社 1500円+税)=小川志津子

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