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「村上春樹を読む」「28」と「キョウチクトウ」  多様な読みの視点

(2016年1月28日午後4時01分)

 短い版の「めくらやなぎと、眠る女」が収められた『レキシントンの幽霊』(文芸春秋)  短い版の「めくらやなぎと、眠る女」が収められた『レキシントンの幽霊』(文芸春秋)


 雑誌「MONKEY」第7巻に掲載された村上春樹へのインタビューで、インタビュアーとなった作家・川上未映子さんの質問ぶり、その運びや展開の素晴らしさを、前回、このコラムで紹介しました。

 そのインタビューは1995年の阪神大震災後、神戸で開かれた村上春樹の2回の朗読会に、まだ19歳だった川上未映子さんが両方とも参加していた話から始まっています。

 まず1日目に村上春樹が約80枚の「めくらやなぎと眠る女」をすべて朗読したのですが、でも長過ぎたせいか、聴衆のほうはだんだん意識が朦朧としてくるような状態だったようです。しかしその翌日の朗読会では、村上春樹は「昨日は、朗読が長過ぎたので、ダイエットしてきました」と言って、一晩で短い版に作りかえてきたのだそうです。

 そうやって、長い版の「めくらやなぎと眠る女」(「文学界」1983年12月号)から、一晩で短い版の「めくらやなぎと、眠る女」(「文学界」1995年11月号)が誕生しました。雑誌に掲載された短い版と2日目に読まれた朗読版がまったく同じものだったのかは分かりませんが、短い版の「めくらやなぎと、眠る女」が生まれた経過がよく分かる話です。このことを紹介しながら、思い出したことがありますので、今回はそのことを、このコラム「村上春樹を読む」で書きたいと思います。

 昨年、私が講師というか、助言者の役目となって、村上春樹のいくつかの短編を読むというワークショップ(読書会のようなものです)を「かわさき市民アカデミー」というところで行いました。その際、「めくらやなぎと眠る女」の長い版と短い版を読みました。

 私は村上春樹作品の中に出て来る数字の意味、特に「四」という数字に特別な興味を持っていて、この「四」は「死」を表す数字、異界、あの世、霊魂の世界を表す数なのではないかと思っています。そして、この「四」に関連した数字が、長い版の「めくらやなぎと眠る女」や短い版の「めくらやなぎと、眠る女」にもたくさん出てくるのです。

 その紹介に入る前に、このコラムを初めて読む人もおられるでしょうから、村上春樹作品の「四」へのこだわりぶりを簡単に紹介しておきましょう。

 例えば、『ノルウェイの森』(1987年)には「直子」と「緑」という対照的な女性が登場しますが、その直子のほうは京都の奥にあるサナトリウムの森で首を吊って死んでしまいます。そして直子の死後、サナトリウムで直子と同室だった「レイコさん」という女性が、直子からの遺言でもらった、直子の服を着て、「棺桶みたいな電車」である新幹線に乗って、東京の「僕」のところにやってきます。

 死んだ「直子」の服を着て「棺桶みたいな電車」に乗って、「僕」に会いにくる、直子と同じ体型のレイコさんとは、つまり直子の幽霊ですが、「僕」はそのレイコさんとセックスを「四回」しています。『ノルウェイの森』には、次のように書かれています。

 「我々は四回交った。四回の性交のあとで、レイコさんは僕の腕の中で目を閉じて深いため息をつき、体を何度か小さく震わせていた」とあるのです。

 「四回」が2回、強調するように記されているのですが、この「四回」は、私には「死回」「死界」と読めるのです。そして「レイコさん」とは「レイコン」、直子の「霊魂」のことではないかと思っています。

 これだけでは、小山鉄郎という人間の考えすぎ、思い込みだろうという人も多いかと思うのですが、さらに例えば『ねじまき鳥クロニクル』(第1部、第2部1994年。第3部1995年)の第3部に出てくる、日中戦争中、満州国軍士官学校の中国人たちが、日本系の指導教官を殺して、士官学校野球部のユニフォーム姿で逃げようとしたところを捕まり、日本兵によって殺されていく場面をみますと、おびただしい「四」と「死」が書かれているのです。

 まず捕縛された中国人が「四」人で、その場で射殺されたのが「四」人。さらに捕縛された「四」人を殺して埋めるために掘られた穴は直径「四」メートル。自らその穴を掘る中国人は「四」人。その間、日本人の兵隊たちは「四」人ずつ交代で休憩をとっていますし、最後に殺される中国人の野球のユニフォームの背番号は「4」で、さらに彼は「四」番バッターです。これらのことが数ページの間に記されているのです。

 このように「四」は村上春樹にとって、「死」や「死者の世界」と関係した数字であり、心の奥深いところにある「異界」と関係した数字です。つまり「四」は、村上作品の「霊数」「聖数(聖なる数)」の基礎数なのだと、私は考えています。

      ☆

 そこで長い版の「めくらやなぎと眠る女」や短い版の「めくらやなぎと、眠る女」に出てくる「四」に関連した数字について紹介しましょう。まず注目される数は「28」です。

 この両作は、久しぶりに帰郷した「僕」が、右の耳が悪い10歳以上年下のいとこが病院へ行くのに付き添っていき、そのバスの往路でのことや、診療中に、かつて友だちと一緒に病院入院中の友だちのガールフレンドを見舞いに行った日のことを思い出す話です。

 短い版では、削られた部分や、表現の場所が移動した部分などもありますので、長い版の「めくらやなぎと眠る女」のほうでまず紹介してみましょう。

 いとこの病院に付き添って行くのは初夏5月のことですが、乗っていく路線バスは僕が高校に通っていたころに利用していたバスで、そのルート番号が「28」です。これは「4」の7倍の数ですね。この「28」が偶然、記された数字でないことは、2人のバス料金が1人140円(4×35円)で、計「二百八十円」であると記されていることからも明かだと思います。しかも、この「28」系統のバスと2人分の料金「二百八十円」のことは、物語の最後の場面で反復されています。

 これだけですと、またまた妄想かと思われますが、「小学校に入った頃、耳にボールをぶつけられて、それ以来耳が聴こえなくなってしまった」という、いとこは原因不明の難聴治療のために「この八年間」医師をわたり歩いています。これも「四」の倍数ですね。

 そして病院に着いて、いとこが診療室に入っていくと、「僕」は病院の食堂に行ってパンケーキとコーヒーを注文します。そのうち、僕は「八年も前」の夏に、友だちと2人で海岸沿いにある古い病院にお見舞いに行ったことを思い出します。友だちのガールフレンドがそこの病院で胸の手術をして入院していたのです。

 そのことを思い出す場面の前、いとこと行った病院の食堂で、「僕」はパンケーキとコーヒーを注文するのですが、その時、僕の他には家族が一組いるだけです。それは「四十代半ばと見える父親が入院患者で、母親と二人の小さな女の子が見舞い客」です。「僕」が、コーヒーを飲み終わって、目を閉じ大きく一度息をして、しばらくして目を開けた時、「四人づれの親子の姿」はないとありますし、それに続いて「八年も前」に友だちのガールフレンドのお見舞いに行ったことを「僕」は思い出すように書かれています。これらはみな「四」に関係する場面です。

 バスの「28」という系統番号が出てくる場所については、長い版と短い版では少しの異同がありますが、でも両作とも「28」が出てくる回数は「4」回で、共通しています。その「28」系統の帰りのバスを「僕」といとこが待つ際、「僕」が時計を見ると、「あと四分あった」と書かれています。

 このように「めくらやなぎと眠る女」「めくらやなぎと、眠る女」は「四」や「四」の倍数にこだわった作品なのです。

      ☆

 ここでまず、長い版の「めくらやなぎと眠る女」について考えてみたいのですが、この小説の冒頭近く、「28」系統のバスの中には、たくさんの老人たちが乗っています。年齢は60代から70代半ばあたり。各自ビニールのショルダー・バッグのようなものを持っていたり、小さなリュックを持っています。どうやらこれから山に登るようです。

 でも「僕」の記憶では、このバスの路線は登山コースらしきものを一切通っていません。「バスは山の斜面をのぼり、延々とつづく住宅街を抜け、僕の高校の前を通り、病院の前を過ぎ、山の上をぐるりとまわって下に降りてくる。どこにもいかない。バスの到達するいちばん標高の高い地点には団地が建っていて、そこがいきどまりなのだ」とあります。そして、この「バスは循環路線なのだから、ぐるり一周してもとの場所に戻ってくるだけの話」と書いてあるのです。

 「彼らがいったいどのような種類の団体に属しているのか、僕にはまったく見当もつかなかった。ハイキングかピクニックのクラブなのかもしれないが、それにしては一人ひとりの老人の雰囲気があまりにも似通いすぎていた」

 こんなふうに老人たちのことが記されているのです。短い版のほうでは、老人のバスの乗客のことは大幅にカットされているのですが、最初の長い版のほうには、この老人たちのことが繰り返し、かなり長く記されているので、同短編の中で、いったいどんなことを意味しているのか、非常に気になる場面が続いています。

 もちろん「僕」もバスを支配している奇妙な空気の原因に気づきます。「僕といとこをのぞけば一人の例外もなく、まるで貸切りバスみたいに、バスの乗客の全員が老人なのだ。彼らはみんなバッグをかかえ、胸に青いリボンをつけていた」のですから。

 その直後の文章に「老人たちは全部で四十人近くはいただろう」とありますので、「四」または「四」の倍数は、村上春樹にとって、「死」や「死者の世界」と関係した数字であると考えている私としては、この老人たちも、この世の人たちではなく、死者、あるいは霊魂的な存在、冥界に繋がるような人たちなのだろうと思っていました。

      ☆

 でも同じテキストを多くの人間と一緒に読む機会というものは、なかなかいいもので、正直、私がまったく考えもしなかったことが提出されるのです。私が参加したワークショップで世話人役を務めていたIさんが、こんな意見を述べました。Iさんは、村上春樹作品の「四」または「四」の倍数については、私と同じ思いを抱いて読んだようです。

 その結果、「28」というのは「国道28号線のことではないか」とIさんは言うのです。その「国道28号線」は兵庫県神戸市を起点に、淡路島を経由して徳島県徳島市に至る一般国道です。そして徳島は「四国」お遍路の出発点です。そこから高知県、愛媛県、香川県の計八十八カ所霊場の寺院をまわる巡礼が四国遍路です。確かに、バスに乗っている老人たちが四国巡礼の人たちだとすれば、「28」系統のバスは、ぐるっと一周する循環路線であることもわかります。「四国」をぐるっと一周するのが四国巡礼ですから。

 この連載コラムで「村上春樹の四国学」ということを書いたこともありますが、亡くなった高知県出身の作家、坂東眞砂子さんに四国遍路のことを題材にした『死国』という作品があり、映画化もされました。つまり「四国」とは、まさに死者の国「死国」のことで、そのような冥界の「四国」(死国)をめぐって、死者たちとの心の出会いを通して、成長し、再び生の世界に帰ってくるというのが、村上作品の一貫したテーマです。

 「28」は「四国」への国道であると考えると、金剛杖、菅笠、白衣といった統一的なファッションで巡礼することからも、バスの一人ひとりの老人の雰囲気があまりにも似通いすぎていることも理解できますし、ハイキングかピクニックのクラブのような雰囲気であることもわかります。「まるで貸切りバスみたいに、バスの乗客の全員が老人なのだ」という言葉も理解できます。また、どこか死者の感覚を漂わせている人たちであることも受け取ることができるのです。

 さらにIさんが指摘するように、もし「28」が「国道28号線」を思い描いて、記されていたとすると、阪神大震災の震央である淡路島を通過するルートでもありますので、阪神大震災の後、朗読で、この「めくらやなぎと眠る女」を村上春樹が読みたいと思ったということも、分かるような気がしてくるのです。

      ☆

 そのワークショップ(読書会)での発言には、ほかにも驚くような指摘もありました。受講者のWさんが、作中の植物について、自分の考えを述べられました。これもたいへんな問題提起でしたよ。

 まず「めくらやなぎ」の「やなぎ」とは、何かという問いです。作中の「めくらやなぎ」はつつじくらいの大きさの木で、花は厚い葉にしっかりと包みこまれていて、葉は緑で、とかげの尻尾がいっぱい寄りあつまったような形です。葉が細いということをのぞけば、めくらやなぎはちっとも柳らしくなかったと「めくらやなぎと眠る女」にはあります。

 Wさんは、昔、中国では旅立つ人に「柳」を折って、送る習慣があったので、この「めくらやなぎ」は架空の木ですが、「やなぎ」の一種なのだろうから、「僕」と、友だちのガールフレンドと、友だちとの間に「別離」の感覚があることを述べました。

 そして、その指摘以上に驚いたのは、キョウチクトウに関するWさんの考えです。キョウチクトウは街路樹にも使われる植物ですが、一方で強い毒のある植物としても知られています。「僕」はいとこの耳の治療を病院の食堂で待っていましたが、「八年も前」に「僕」の友だちのガールフレンドを見舞った病院にも食堂がありました。「そこの窓からはキョウチクトウしか見えなかった。古い病院で、いつも雨の降っているような匂いがしていた」と食堂からの風景が書かれています。

 「僕」は、友だちとそのガールフレンドの「二人が話しているあいだ、窓の外に並べて植えられたキョウチクトウを眺めていた。それはとても大きなキョウチクトウで、まるでちょっとした林のように見える」など、キョウチクトウのことが繰り返し書かれています。このキョウチクトウは何を示しているのかということをめぐるWさんの考えです。

 そして、キョウチクトウは「広島の花」であることをWさんは指摘したのです。広島に原爆が投下された後、70年間、広島では草木は生えないであろうと言われましたが、被爆した広島の地にキョウチクトウがいち早く咲き、復興のシンボルとして、キョウチクトウが「広島の花」に指定されたことを述べ、この作品の中のキョウチクトウと広島、原爆との関係はないのかという考えを提出したのです。

 そして、このキョウチクトウを広島の原爆と関係した樹木と考えていくと、なんでこんなふうに喩えるのだろう、またなんでこんなものを着ているのだろうと思っていたことと、広島への原爆投下のことが響き合ってくるのです。

 例えば、あの老人たちが乗った「28」系統のバスは「運転席の窓ガラスがいやに大きく、まるで翼をもぎとられた大型爆撃機みたいに見える」と書かれています。

 言葉は少しだけ異なりますが、ほぼ同じ比喩として、短い「めくらやなぎと、眠る女」にも削られずに残されているので、きっと村上春樹にとって重要な表現なのでしょう。

 でも〈運転席の窓ガラスがいやに大きい〉ことが、なぜ〈まるで翼をもぎとられた大型爆撃機みたいに見える〉のでしょう。かなり飛躍のある表現ですよね。

 「僕」が友だちと、そのガールフレンドのお見舞いに行ったのは、夏の暑い盛りのことですが、Wさんは「28」を夏の関係から、これを「2日、8月」と読んで「8月2日」のことではないかと考えました。

 1945年(昭和20年)8月2日。グアム島の米軍航空軍司令部から、テニアン島のエノラ・ゲイ号に、8月6日の広島市街地を第1の攻撃目標とする原爆投下の命令が発令されます。そのことから、この作品に広島への原爆投下との関係を考えてみる必要もあることを述べたのです。確かに、エノラ・ゲイ号による広島への原爆投下を置いてみると「まるで翼をもぎとられた大型爆撃機みたいに見える」という言葉も無理なく受け取れるような気がしてくるのです。

 また病院に入院中の友だちのガールフレンドは「青いパジャマ」を着ていて、胸には「JC」というイニシャルが入っていました。「それでJCっていったい何だろうと僕は思った。JCで思いつくものといえばJUNIOR COLLEGEかJESUS CHRISTか、そんなところだ。でも結局、JCというのはブランドの名前だった」と記してあります。この部分は明らかに村上春樹が「JC」の意味を考えてくださいと、謎を仕掛けているところですね。そこで、私なりの考え(妄想)を記しておこうと思います。

 これは「青年会議所(JUNIOR CHAMBER)」の「JC」ではないかと今は考えています。Wさんが指摘した広島への原爆投下とのことを考えると、広島青年会議所があるビルの歴史と関係しているのではないかと思うのです。

 広島県商工経済会のビルは爆心地から260メートルの至近距離にありました。同ビルでは、原爆投下の日、勤務していた28人がなくなりましたが、コンクリート造りの同ビルは強烈な爆風にも耐え、外郭だけは残りました。

 爆心地の直下にあったが壊れずに残ったこのビルには高い展望塔があり、その塔の上から焼け野原となった広島の市内が一望できました。戦後は1964年に解体されるまで、広島商工会議所として使われています。現在の広島青年会議所(JC)は同じ地域に建った新しい広島商工会議所のビルの中にあります。

 キョウチクトウが、70年間、草木は生えないであろうと言われた被爆地・広島にいち早く咲いた花として、この「めくらやなぎと眠る女」の中にあるとしたら、入院中の友だちのガールフレンドの「青いパジャマ」にある「JC」というイニシャルは、爆心地のほぼ真下にありながら、建物として残り、戦後も広島商工会議所ビルとして使用された、そのビルとの関係を示しているではないかと、私は考えています。青年会議所(JC)自体は戦後のものなのですが、広島JCがあるビルの歴史と関係しているのではないかと思っているのです。

      ☆

 さて、短い版の「めくらやなぎと、眠る女」の冒頭には〈めくらやなぎのためのイントロダクション〉というものがついていて、この作品が「あとになって『ノルウェイの森』という長編小説にまとまっていく系統のものです」とあります。『ノルウェイの森』のもとになった短編としては「螢」が有名ですが、「めくらやなぎと眠る女」「めくらやなぎと、眠る女」も『ノルウェイの森』に繋がる作品だと村上春樹が書いているのです。

 それは、こんな場面です。『ノルウェイの森』で「僕」が京都のサナトリウム・阿美寮に行って、死んだキズキの話を直子とする場面が上巻の終わりのほうにあります。

 「胸の手術をしたときのことね」と直子が言い、さらに「よく覚えているわよ。あなたとキズキ君がバイクに乗って来てくれたのよね。ぐしゃぐしゃに溶けたチョコレートを持って」と彼女は話しています。

 短い版の「めくらやなぎと、眠る女」では、10日間ほど入院している友だちのガールフレンドを見舞うために「僕らはヤマハの125ccのバイクに相乗りして病院に行った」とあります。友だちはチョコレートの箱を買っていくのですが、病院で、友だちのガールフレンドが嬉しそうに箱のふたを開けると、チョコレートは見る影もなく溶けていてしまっていました。

 僕と友だちは病院までの途中、海岸にバイクをとめていて、8月の激しい日差しの下に出したままだったのです。「その菓子は、僕らの不注意と傲慢さによって損なわれ、かたちを崩し、失われていった。僕らはそのことについて何かを感じなくてはならなかったはずだ。誰でもいい、誰かが少しでも意味のあることを言わなくてはならなかったはずだ」と村上春樹は書いています。

 そのガールフレンドは、その後、たぶん心を病んで亡くなっていると思いますが、その理由に「僕らの不注意と傲慢さによって」彼女が亡くなっているということがあるのでしょう。阪神大震災の被災地での、また自分が育った地での朗読会です。「不注意と傲慢さによって損なわれ、かたちを崩し、失われて」いってはいけないという思いが、込められた、チョコレートのエピソードなのでしょう。

 そして、バイクで一緒に行った友だちについては「めくらやなぎと、眠る女」には「その友だちは少しあとで死んでしまった」と記されていますし、長い版のほうには「八年前のことだ。その友だちはもう死んでしまって、今はいない」と書かれています。

 『ノルウェイの森』では、キズキは車の中で自死したという設定ですし、キズキのガールフレンドだった直子も、結局、森の中で縊死してしまいます。

 長い版の「めくらやなぎと眠る女」のほうは、1987年の『ノルウェイの森』刊行前の作品ですから、胸の手術をしたガールフレンドは死の雰囲気は漂わせてはいますが、でもまだ生の側にいるような感覚があります。でも『ノルウェイの森』の後に改編された短い版の「めくらやなぎと、眠る女」を読むと、友だちのガールフレンドは、どうしても『ノルウェイの森』の直子と重なってきて、死者の感覚が濃厚にあるのです。

 また、長い版では、友だちのガールフレンドが「青いパジャマ」を着ていて、バスの乗客の老人たちも「胸に青いリボンをつけて」います。村上春樹作品の「青」は「歴史」を意味する場合が多いと思われるのですが、この場合の「青」は死者を示す色でしょうか。老人たちは、戦争の死者のことかもしれませんね。短い版のほうでは、友だちのガールフレンドに「死の感覚」が濃厚にあるためか、バスの老人たちの青いリボンのことや友だちのガールフレンドの「青いパジャマ」の「JC」のイニシャルのことなどは省略されています。

      ☆

 さて『ノルウェイの森』に繋がる作品だと、村上春樹が書いている「めくらやなぎと眠る女」が、キョウチクトウのことから、広島の原爆につながった作品ではないのか…という問題意識で読んでいくと、「100パーセントの恋愛小説」というキャッチコピーのつけられた『ノルウェイの森』も、少し違った感覚で、迫ってくるのです。

 その『ノルウェイの森』の冒頭は有名ですが、「僕」がボーイング747のシートに座っている場面から始まっています。「その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルク空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた」とあります。そして「やれやれ、またドイツか、と僕は思った」のです。

 この「僕」が乗るボーイングは、広島に原爆を投下した大型爆撃機、B―29、エノラ・ゲイ号を製造した会社です。つまりWさんのキョウチクトウや8月2日のエノラ・ゲイ号への広島原爆投下命令や「翼をもぎとられた大型爆撃機みたい」な「28」系統のバスのことなどが、想起される書き出しでもあるのです。

 『ノルウェイの森』の「僕」を乗せたボーイング747が着陸したハンブルクは、第二次大戦中、「ハンブルクの戦い」と呼ばれる空襲を受けた都市で、当時の航空戦史上もっとも甚大な被害を出した空襲だと言われています。そのハンブルクの爆撃は英国首相のウィンストン・チャーチルが立案したもので、連合国側のハンブルクへの連続的な大空襲は、英国政府が後に、これを「ドイツのヒロシマ」と呼んだほどの爆撃だったのです。

 そのような戦争のことまで、どこかに村上春樹は考えて、『ノルウェイの森』を書いているかもしれません。「翼をもぎとられた大型爆撃機みたい」に見えるバスが登場し、キョウチクトウのことが繰り返し記される「めくらやなぎと眠る女」や「めくらやなぎと、眠る女」には、どこかに広島への原爆投下のことが意識されているのかもしれませんし、それらの作品は「あとになって『ノルウェイの森』という長編小説にまとまっていく系統のものです」と村上春樹自身が書いているのですから。

      ☆

 もちろん、これは私を含めた読者たちの独自の読みにすぎないのかもしれませんが、多くの人たちと、いろいろな読みを述べ合うことは、とても楽しい経験です。

 「パン屋再襲撃」(「マリ・クレール」1985年8月号)を読んだ時にも、ワークショップに参加していたTさんが地名に関する興味深い指摘をしてくれました。最後に少しだけそれを紹介して、今回のコラムを終わりにしたいと思います。

 「パン屋再襲撃」の主人公である若い夫婦は、再びパン屋を襲撃するために、東京の街を、パン屋を求めて彷徨っています。そこには「僕は夜中のすいた道路を代々木から新宿へ、そして四谷、赤坂、青山、広尾、六本木、代官山、渋谷へと車を進めた」と記されています。「パン屋襲撃」(「早稲田文学」1981年10月号)のほうのパン屋店主は、ワーグナー好きの共産党員でした。ですから、まず最初に「代々木」あたりを襲撃の対象として彷徨っているのは、「代々木」が共産党の別名でもあるからでしょう。これは、たぶん間違いないと思います。ですから、次の「新宿」以降の地名も何らかの意味を持って、村上春樹が記しているということなのだと思うのです。

 そしてTさんは、「新宿」は新宿騒乱の地、「赤坂」はアメリカ大使館のあるところ、「青山」は学生運動の激しかった青山学院大学の神学部、「六本木」は自衛隊の地…などと、それらの土地のことを考えたようです。最後に軽佻浮薄の地・渋谷で、アメリカ発の資本主義の象徴のような深夜営業のマクドナルドを襲撃して、マクドナルドのシンボル的なハンバーガー、ビッグマック30個を強奪することに、主人公たち若い夫婦は成功する、とTさんは述べました。

 Tさんが考えた文章は、襲撃対象の地名が列挙されているだけの、たった1、2行なのですが、そこを「なぜその地名なのか」と考えてみると(妄想してみると)ほんとうに面白いなあと感心しました。このコラムの読者のみなさんにも、それらの地名に対して、自分はこう思うということがあると思います。私もTさんと違う考えの部分もありますが、でもただ簡単に列挙されていると思えるような地名について〈それはどうして、この作品の中に挙げられているのか〉ということを考えてみるというTさんの読み方と、その指摘に、強く動かされるものがあったのです。

 そんなことを考えながら、村上春樹の小説というものを、多くの人たちと読むと、いろいろな読み方が可能で、楽しいですよ。(共同通信編集委員・小山鉄郎)

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