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初代坂井市長に坂本氏 3600票差 林田氏下す(2006.4.24)
坂井市長選で当選を果たし、バンザイする坂本憲男氏=24日午前0時15分ごろ、坂井市春江町藤鷲塚の選挙事務所
  旧坂井郡四町の合併に伴う坂井市長選は二十三日投票が行われ、即日開票の結果、前三国町長の坂本憲男氏(59)=同市三国町下野=が三万八百二十六票を獲得。前丸岡町長の林田恒正氏(66)=坂井市丸岡町霞町四丁目=を約三千六百票差でかわし、初代市長に当選した。同時に市議選も投開票された。

 坂本氏は当選確実となった午前零時十分ごろ、同市春江町藤鷲塚の選挙事務所に姿を見せた。大勢の支持者に拍手で迎えられ「責任の重大さを感じている。旧四町の融和は簡単でなく時間もかかるが、地道に一つにまとめて市の発展につなげていきたい」と決意を語った。

 選挙戦は、丸岡と三国の前町長同士の一騎打ちで”地域対決”が前面に出ての激しい争いとなった。坂本氏は、坂井郡四町合併協議会の会長として坂井市発足を先導してきた責任を果たしたい―として出馬。地元三国町ではなく、春江町に選挙事務所を構え、「四町の融和と個性あるまちづくり」推進を強調し続けた。

 企業経営者、町議、町長と歩んできた経験もアピール。子育て支援充実や特別職の報酬カットなど具体的な施策も掲げ、支持を広げた。

 対する林田氏も、合併協副会長で、同じく合併を推進してきた立場で出馬。四町の調和や福祉、教育の充実を掲げ、個人演説会を精力的にこなし、支持層を広げたものの、あと一歩及ばなかった。

 投票は午前七時から午後八時まで、市内三十三カ所で行われた。市長選、市議選のダブル選挙ということもあり、投票率は80・60%となった。
 開票は午後九時半から坂井体育館で行われた。開票率が98・5%となった午前零時、五回目の速報で初めて三千票差と開き、坂本氏の当選が確実となった。

おおい町長に時岡氏 無投票、初代かじ取り役(2006.3.29)
おおい町長に無投票当選を果たし万歳する時岡忍氏=28日午後5時10分、おおい町本郷の選挙事務所前
 大飯町、名田庄村の合併で誕生したおおい町の初代町長選は二十八日告示され、旧大飯町長の時岡忍氏(68)=本郷=が無投票で当選を果たした。

 午前八時半から町役場本庁舎で立候補の受け付けが行われ、時岡氏の代理人が届け出た。時岡氏は同九時に同町本郷の選挙事務所前で出陣式に臨み、「まだまだ課題もあるが、その先には大きな展望が開けている。町民におおい町に住んで良かったと思ってもらえるよう、こん身の力で取り組みたい」と第一声を上げた。

 その後、選挙カーで町内を遊説、支持を訴えた。受け付け締め切りの午後五時になっても時岡氏以外の届け出はなく、無投票での当選が決まった。

 当選が決まって間もなく選挙事務所に姿を見せた時岡氏は、お祝いに駆けつけた県議、嶺南各市町の首長、支援者など約二百人の大きな拍手で迎えられた。新町の初代かじ取り役に決まったことについて「新町のまちづくりという大きな課題がある。五十年の長い年月をかけて両町村の先人、先輩が残したものを力いっぱい継続し、新町建設計画に一生懸命取り組みたい」と決意を述べた。

坂井市スタート
「平成合併」ひと区切り 本県9市8町に(2006.3.20)
  三国、丸岡、春江、坂井の坂井郡四町が合併し、県内第二位の人口を持つ坂井市が二十日午前零時、誕生した。県内初となる「地域自治区」制もスタート。”平成の大合併”では県内十番目で、合併特例法の優遇措置を受けるのは最後。本県の自治体数は九市八町となった。

 坂井市の人口は九万二千三百十二人(二○○五年国勢調査速報値)、面積二○九・九一平方キロメートル。市役所本庁は同市坂井町下新庄の旧坂井町役場に置かれ、事務組織は総務、財務など主要七部のほか議会事務局、教育委員会などが入る。地域住民と連携したまちづくりを推める「地域自治区」制を導入。拠点となる「総合支所」が三国、丸岡、春江の旧役場と坂井市役所内に設置された。

 総職員数は千九人(四月一日時点)。このうち総合支所は三国六十六人、丸岡七十三人、春江六十四人、坂井五十二人となる。市議会は本庁三階の議場で行い、議員定数は三十人。

 三国、丸岡両町消防本部はあわら市を含む嶺北消防組合消防本部に一本化。警察は丸岡署が坂井署、三国署が坂井西署に改称される。

 三国、丸岡、春江、坂井の四町合併は坂井郡六町や春坂市の”破談”を経て、○四年八月に法定合併協議会が設置され本格化。今年二月までに計二十三回の協議を重ねた。庁舎位置や議員定数での論議紛糾、前春江町長の突然の協議離脱表明など数々の曲折を経て、昨年三月に四十五項目の合併協定書に調印した。旧坂井郡はあわら、坂井の二市となった。

永平寺町長に松本氏 257票差 砂村氏及ばず(2006.3.13)
永平寺町長選で当選を果たし、バンザイする松本文雄氏=12日午後11時38分、永平寺町松岡神明3丁目
 吉田郡三町村が合併し発足した永平寺町の初代町長選は十二日、投票が行われ、即日開票の結果、無所属で前松岡町長の松本文雄氏(65)=松岡末政=が、同元町長の砂村義隆氏(63)=松岡上合月=を二百五十七票差で破り、当選を果たした。投票率は73・92%だった。

 一昨年十一月の旧松岡町長選と同じ顔ぶれとなり、一騎打ちによる激戦が繰り広げられたが、松本氏が三町村合併を成し遂げた実績や、住民の目線に立った町政をアピール。福祉や少子化対策、企業誘致などを図ると訴え、接戦を制した。

 一方、砂村氏は行財政改革や行政診断などを実施し、将来実を結ぶものへの積極的投資が必要などと訴えたが、一歩及ばなかった。

 投票は午前七時から町内十九カ所で行われ、午後八時に締め切られた。開票は同九時十五分から松岡体育館で始まり、同十一時二十五分の六回目の速報で松本氏が二百票差をつけ当選確実とした。

 松本氏は同十一時半ごろ、松岡神明三丁目の選挙事務所に姿を見せ、待ちかまえていた支持者から大きな歓声で迎えられた。もみくちゃになりながら、両手で花束を掲げてバンザイを繰り返した。松本氏は「大変厳しい選挙だった。みなさんの温かい支持を受け感激している。これからは町民の声を大事にしながら住民参画のシステムをつくっていきたい」と抱負を語った。国会議員や近隣市町長もお祝いに駆けつけた。

培った歴史 継承誓う 坂井市誕生へ4町で閉町式(2006.3.12)
 合併で二十日に坂井市となる三国、丸岡、春江、坂井の坂井郡四町の閉町式が十一日、各町で一斉に行われた。式では町民らがビデオ上映などで、町の成り立ちや歩みを振り返っていた。坂井市誕生で三国、丸岡は町制施行から百十七年、春江は六十四年、坂井は四十五年という長い歴史に終止符を打つ。新「坂井市」は人口約九万二千人で、県内第二の都市で市役所は現坂井町役場に置く。県内初の地域自治区制を導入、自治体としての四町は消えるが、住所表記として町名はそのまま残る。
伊藤町長(左)らによって降納される坂井町旗=11日、坂井町多目的センター
坂井 「農工一体 新市にも」

 坂井町は町多目的センターで式典を行った。町民約二百人が参加し、新市坂井市でのさらなる発展を誓った。
 坂井中吹奏楽部の「ふるさと」などの演奏と、町制四十五年を振り返るビデオ映像が流れた後、伊藤平一郎町長が式辞。「農工一体のまちづくりにまい進してきた素晴らしい坂井町を、新市坂井市にしっかり引き継ぎ、さらなる発展を遂げたい」と述べた。
 特別功労者五十人の表彰が行われ、最後に同中生四人と町長、議長で町旗を降納した。
折り畳まれた春江町旗を出席者に向ける渡辺町長(左前)ら=11日、春江町のハートピア春江
春江 「文化、活力は消えず」

 春江町の式典はハートピア春江で開催。町民ら約五百人が出席した。
 町制六十四年の歩みをビデオ映像で流し懐かしんだ後、渡辺一成町長が「農業、繊維産業と人口増を原動力に発展した自治体は消えるが、培った歴史や文化、活力は永遠に消えない」と式辞。四十三人に特別功労、功労、感謝状を贈った。
 日本人初の宇宙飛行士で、名誉町民でもある毛利衛さんらのメッセージを披露。大正琴、合唱などに続き、役目を終えた町旗を降納すると、大きな拍手がわき起こった。
丸岡町旗を掲げる丸岡中の生徒たち=11日、丸岡町民体育館
丸岡 「伝統の飛躍を確信」

 丸岡町は特別ステージをしつらえた町民体育館で式典を開き、町民ら約五百人が詰めかけた。
 町民から寄せられた町への感謝メッセージ披露などに続き、林田恒正町長が式辞。歴史を振り返りつつ「長年築いてきた文化、伝統が新市に引き継がれ、さらなる飛躍を遂げると確信している」と述べた。特別功労、功労、感謝状を十三団体七十五人に贈った。
 町旗が降納される場面では思わず涙ぐむ人も。同町出身のピアニスト、川村文雄さんの記念コンサートで締めくくった。
三国 「誇りの精神 結集を」

閉町式で、三国中の生徒らの手によって折り畳まれる三国町旗=11日、みくに文化未来館
 三国町ではみくに文化未来館で、町関係者ら約三百五十人が参加し閉町式を行った。三国節の歌と踊りで幕開け。町制百十七年を映像で振り返った後、坂本憲男町長が「誰もが一抹の寂しさはあるが、三国の地で生まれた誇りある精神を、新しい坂井市づくりに結集してほしい」と式辞。
 四十五人二団体の特別功労・功労表彰、感謝状贈呈に続き、小中学生十二人が、三国祭や花火の思い出を語った。中学生の手で町旗が折り畳まれ、全員の万歳三唱で市になっての飛躍を誓っていた。

 

福井市長に坂川氏 高木氏と1万663票差 酒生、西村氏 伸びず(2006.3.6)
福井市長選で当選を果たしバンザイする坂川優氏=5日午後11時24分、福井市大手3丁目の選挙事務所
  任期満了に伴い、合併後のかじ取り役を決める福井市長選は五日投票が行われ、即日開票の結果、国民新党推薦で無所属新人の元県会議長坂川優氏(53)=松本四丁目=が五万五千五百票余りを獲得し、過去最多の五新人による選挙戦を制した。坂川氏は戦後六人目の市長で、保守系は三期ぶりに県都のトップの座を奪還した。

 坂川氏は当選確実となった午後十一時十五分ごろ、大勢の支持者が拍手で出迎える中、大手三丁目の選挙事務所に入り「これからの十年が勝負。市全体がよくなるような政策を展開したい」と決意を語った。

 二十年以上務めた県議を辞し”背水の陣”で臨んだ坂川氏は、経済界をはじめ五百を超える企業・団体の推薦を受け、序盤から選挙戦を有利に展開した。人口減少社会を見据え、中心市街地と周辺部が調和した「コンパクトシティー」の実現を強調。県議六回当選の実績を基に「県や経済界との連携」をアピールし、保守層を中心に幅広い世代の支持を集めた。

 坂川氏と当落を争った元外務省職員高木文堂氏(50)=文京三丁目=は、一九九九年と二○○三年の知事選に続いて苦杯をなめた。一部保守層や労組票などに浸透を図ったが、思うように票を伸ばせなかった。

 NPO理事長酒生文弥氏(49)=篠尾町=は出遅れが響いて及ばなかった。共産党公認の元市議西村高治氏(63)=加茂河原三丁目=は党勢の拡大を図れなかった。ビル改装工事業坪田正博氏(55)=東京都渋谷区代々木一丁目=は過去最低の得票に終わった。

 投票は午前七時から午後八時まで、市内百六カ所(一部午後七時まで)で行われた。過去最多の立候補者数にもかかわらず投票率は54・16%にとどまった。

 開票は午後九時半から市体育館で行われた。開票率が73・57%となった午後十一時十分時点で、坂川氏が高木氏に七千票の差をつけ当選を確実にした。

おおい町長選28日告示(2006.3.4)
  大飯町と名田庄村が合併して誕生したおおい町の暫定選挙管理委員会は三日、同町本郷の本庁舎で開かれ、初代町長選の日程を二十八日告示、四月二日投開票と決めた。

 同選管は、旧町村四人ずつの選管委員から互選した四人で構成。新町の選挙人名簿登録者数は一日現在で七千三百人(男三千五百七十六人、女三千七百二十四人)。

 町長選には、旧大飯町長の時岡忍氏(68)=同町本郷=が出馬表明している。

おおい町の門出祝う 本庁舎、総合事務所で開庁式(2006.3.4)
開庁式で、新町の船出を祝って職員とテープカットする下中昭治町長職務執行者(中央)=3日、おおい町本郷の本庁舎前
 大飯町と名田庄村が合併したおおい町が三日、スタートを切った。本庁舎の旧大飯町役場と総合事務所の旧名田庄村役場でそれぞれ開庁式があり、職員が新町の船出を祝うとともに、一層の住民サービス向上を誓った。

 本庁舎で行われた開庁式には、職員百十五人のうち約百人が出席。下中昭治・町長職務執行者が町章銘板を除幕すると、職員から大きな拍手が起きた。同職務執行者は「確かな安心と信頼を得られる町となるよう、全職員二百八人が全体の奉仕者として業務にあたってほしい」とあいさつ。職員代表二人と庁舎前でテープカットをした。

 職員は一カ月ほど前から業務の引き継ぎや確認を重ねていたとあって、大きな混乱はなく順調な滑り出し。窓口を訪れた町民にてきぱきと応対していた。

 旧名田庄村総務課から本庁舎の総務課に配属された奥治房課長補佐は「昨日、村役場を閉めたばかりでまだ戸惑いや不安もある」と話しながらも、「住民のニーズを理解するために積極的に対話していきたい」と意気込んでいた。

おおい町誕生 大飯、名田庄合併 県内「村」消える(2006.3.3)
 大飯町と名田庄村が合併し「おおい町」が三日午前零時、誕生した。「平成の大合併」では県内九例目となり、これまで県内に六つあった村はすべてなくなった。また、合併特例法の優遇措置を受けられる期限内の合併は、坂井郡四町による「坂井市」(二十日発足)を残すだけとなった。

 おおい町は人口九千二百十六人(二○○五年国勢調査時点)で、三十五市町村から十七市町に半減する県内では、池田町に次いで二番目に小さい自治体。面積は県内八位の二百十二平方キロメートルとなる。

 役場は総合支所方式を採用し、旧大飯町役場の本庁舎に総務、企画など十二課二局五室を、旧名田庄村役場の名田庄総合事務所に総務管理など一課一局三室を配置した。交通事情などから当面は名田庄事務所にも助役を置き、助役二人体制をとる。

 合併を前に二日夕、旧町村役場でそれぞれ閉庁式が行われた。県内最後の村となった旧名田庄村役場では、下中昭治村長が「素晴らしい住民と職員に支えられてやってこられた。新町でも誇りをもって誰にも負けない行政マンになって」とあいさつ。職員約八十人が見守る中、退任、退職する村長ら三役を含む六人に花束と感謝状が贈られた。

 大飯町と名田庄村は○四年十月に合併協を発足させ、翌年三月に新設合併とすることや新町名など全四十二項目からなる協定書に調印。八月に総務省告示を受けた。

 初代町長選は四月上旬に予定され、旧大飯町長の時岡忍氏(68)=本郷=が出馬を表明している。

大飯町、名田庄村
50年の歴史に幕 飛躍誓い閉町村式(2006.2.27)
最約150人の村民が見守る中で降ろされた村旗=26日、名田庄村山村開発センター
「ハーモニーおおい」の歌声が会場に響き渡った大飯町の閉町式=26日、大飯町総合町民センター
 三月三日のおおい町誕生に伴い二十六日、大飯、名田庄両町村でそれぞれ閉町村式が行われた。両町村民が新町の融和と輝かしい未来への思いを胸に、五十年の歴史に幕を閉じた。

 名田庄村山村開発センターで開かれた閉村式は、村民約百五十人が出席。下中昭治村長が村の歴史を振り返り、「どこにも負けない優れた村民性を持った皆さんの力が新町に反映されることを願う」と式辞を述べた。名田庄小六年児童二十人は「地図から『名田庄』の文字が消えるのは寂しいが、住む人の優しい心や自然は変わらない。ありがとう、名田庄村」と、村へのメッセージを元気よく発表した。

 村旗が降納され、下中村長が「私の胸の中に村旗はいつまでも生き続けます」と深々と頭を下げると、会場からは一斉にすすり泣く声が響き、涙をぬぐう村民も。式典後、名田庄太鼓保存会「勇粋連」「小粋連」が旅立ちの門出にふさわしい、ダイナミックな演奏を繰り広げた。

 一方、大飯町総合町民センターで開かれた閉町式には、町民約三百人が出席した。時岡忍町長は「新たな飛躍の出発点。地域の融和と発展のために、合併後のまちづくりの方針となる新町建設計画の着実な実現を強く望みたい」とあいさつ。町区長連絡協議会の中間松壽会長ら三人が町旗を降ろし、時岡町長に手渡した。

 最後に、地元の主婦らでつくる合唱団「ハーモニーおおい」が町歌などを披露した。

おおい町 職務執行者に下中村長
町長選 4月2日投票で調整(2006.2.15)
最後の合併協議会を終え、固く握手する両首長と両町村会議長=14日、大飯町役場
 三月三日の合併に向けて協議を進めていた大飯町、名田庄村の第十九回合併協議会が十四日、大飯町役場で開かれ、おおい町長職務執行者に下中昭治村長が就くことが報告された。

 町長職務執行者は、新町誕生後五十日以内に行われる選挙で町長が決まるまでの代理職で、今年に入ってから両首長で話し合いを進めていた。新町長選には、時岡忍町長がすでに立候補の意思を表明している。事務局から、町長選投開票日は四月二日で調整していることも報告された。

 同協議会の時岡忍会長は「委員の熱心な協議に心から感謝している。合併は新たな飛躍への出発点。両町村の融和を基に新町建設計画の着実な実現を望みたい」とあいさつ。最後に、両首長と両町村会議長が固く握手した。

 同協議会は同日が最後となり、両町村会の議決後、合併前日の二日に解散する。閉町、閉村式は二十六日午後一時半から、町総合町民センターと村山村開発センターでそれぞれ行われる。

新「永平寺町」が発足(2006.2.14)
業務開始を前に、一新した庁舎銘板の除幕を行う関係者=13日午前8時ごろ、永平寺町役場
 松岡、永平寺、上志比の吉田郡三町村が合併し十三日、新「永平寺町」が発足した。平成の大合併に伴う本県の新自治体誕生は八例目で、県内の市町村数は八市十二町一村の計二十一市町村となった。町役場(旧松岡町役場)、永平寺、上志比両支所(旧永平寺町役場、旧上志比村役場)でそれぞれ開庁式が行われ、新町がスタートを切った。合併特例法の優遇措置を受けられる期限内合併は、県内では「おおい町」(三月三日発足)「坂井市」(同二十日発足)が続く。

 新・永平寺町役場の開庁式には鈴木喜代宏・町長職務執行者(旧上志比村長)、松本文雄・旧松岡町長をはじめ町会議員、職員ら約八十人が出席した。「永平寺町役場」と書かれた銘板を除幕した後、鈴木職務執行者が「夢のような合併が実現して感無量。行政と住民が心を一つにする機会ととらえ、夢と希望にあふれたまちづくりに取り組んでいきたい」とあいさつした。

 引き続き、職員や特別職の辞令交付式が同役場や各支所で行われたほか、合併に伴い名称変更する「永平寺警察署」(旧松岡署)の改称式や町長直轄組織となる「永平寺町消防本部・消防団」の開設式が行われた。

 新・永平寺町は人口約二万一千人、面積は県全体の2・25%に当たる約九十四平方キロとなる。本庁となった旧松岡町役場は新設の環境課、企画財政課などを含む九課と議会事務局などを設置、永平寺支所は商工観光課など三課、上志比支所は福祉保健課など三課体制で業務を開始した。両支所には町民サービス課や地域整備課を設け、本庁以外でも住民票や印鑑証明などの発行が受けられるほか、除雪や道路、河川の維持補修にも対応する。
順調に一歩 永平寺支所
サービス向上 「職員努力を」
テープカットし新たなスタートを切った永平寺支所=13日
 松岡、永平寺、上志比の三町村が合併し、新・永平寺町が十三日、始動した。永平寺、上志比の両支所でも開庁式が開かれ、電算システムの最終チェックなどを行いながら慌ただしく通常業務を開始。窓口には早速、町民が訪れるなど、新町が順調に動き出した。

 永平寺支所の開庁式は午前八時から行われ、町会議員、合併協委員、支所職員ら約六十人が見守る中、斎藤秀則支所長、伊藤信一前町長らが玄関に掲げられた庁舎銘板を除幕、真新しい町旗を掲揚し、支所の幕開けを祝った。

 斎藤支所長が鈴木喜代宏・町長職務執行者のメッセージを代読した後、前永平寺町会議長の渡辺勇町議が「新町の自然と歴史を守り、安全安心の町を目指して住民サービスの向上に努めてほしい」と祝辞を述べた。この後、庁内で支所職員三十一人に辞令が交付された。

 観光やえちぜん鉄道利用促進政策の拠点となる商工観光課は、旧松岡、上志比の職員二人を含めた六人体制でスタート。岡本栄一課長は「旧三町村で事務のやり方に違いが出てくると思うので、お互い注意して調整していこう」と職員に伝えた。

 業務開始とともに窓口にバイクのナンバープレート更新に訪れた酒井利明さん(71)=谷口=は「合併日に合わせて取りに来た。真新しい番号でうれしい」とご満悦の様子。ただ、庁内を見渡し「知った職員が少なくなって寂しいね」と話していた。
上志比支所 「均衡ある発展へ」
テープカットを行い支所のスタートを祝った開庁式=永平寺町上志比支所
 上志比支所の玄関前で行われた開庁式には、職員や旧上志比村議ら約三十人が出席。朝日哲郎支所長や斎藤則男前助役ら三人がテープカットし、新たな門出を祝った。

 「住民サービス向上に努めてほしい」との鈴木喜代宏職務執行者のメッセージを代読した後、旧村議会を代表して鈴木宏紀議員が「新町の均衡ある発展に取り組み、上志比地区に福祉ゾーンとして確固たる礎を築くため頑張りたい」とあいさつした。

 式終了後は支所職員二十三人中、十一人が旧松岡、永平寺町に勤務していた職員とあって、自己紹介し合う姿も。朝日支所長は支所員を集め「町づくりに対する住民の要望は大きく、本庁支所を問わず全力で取り組んでほしい」と訓示した後、業務を開始。早速、書類申請の対応などに追われた。

新「永平寺」町長選
来月12日投票 7日告示(2006.2.14)
 十三日に合併・発足した新「永平寺町」の暫定選挙管理委員会は同日、同町役場で開かれ、町長選の日程を三月七日告示、同十二日投開票と決めた。旧松岡町から前町長の松本文雄氏(64)=松岡末政、元町長の砂村義隆氏(63)=松岡上合月=の二人が既に出馬表明しており、選挙戦となるのはほぼ確実な情勢。(1面に本記)

 同委員会は旧三町村の選管委員十二人の中から選ばれた四人で構成。同町の選挙人名簿登録者数は十二月二日現在で一万六千二百六人(男性七千七百二十二人、女性八千四百八十四人)。

来月11日、一斉に閉町式 坂井郡4町合併協
曲折経てゴールへ、最終会合 行事、条例関係も承認(2006.2.14)
 坂井郡四町合併協議会の第二十三回会合が十三日、坂井町多目的センターで開かれ、三月二十日の「坂井市」誕生に向け、四町合併の最終的な協議をすべて終えた。来月十一日に四町で一斉に閉町式典を行うことなど市への移行に伴う各種行事を承認した。

 三国、丸岡、春江、坂井の合併協議は、二○○四年八月に始まり昨年三月に正式調印。この日の最終協議にこぎ着けた。途中の○四年十二月には前春江町長が離脱を表明したり、町長辞職で春江町長が交代するなど協議が一時ストップする事態もあった。また、県内初導入となる「地域自治区」も他市町村から注目を浴びている。

 この日の協議では、新市発足の準備となる行事や条例関係が承認されたほか、人事案件などが報告された。閉町式典は三月十一日に四町それぞれの会場で一斉に行う。これまでの歴史を振り返るビデオ上映、町旗降納やアトラクションがある。

 また、各町民を対象とした最終住民説明会は、二十二日の丸岡町霞の郷を皮切りに▽二十三日=坂井町多目的センター▽二十四日=三国町社会福祉センター▽二十七日=ハートピア春江―の日程でいずれも午後七時から。新市組織や主な行政サービスなどが説明される。

 各町役場の閉庁式は三月十七日。開庁式は同二十日に行われる。市役所施設案内図や住所表記の変更に伴う手続きなどをまとめたガイドブックも、合併前に四町で全戸配布される。

 最終回となった合併協では、四町長があいさつに立ち「多くの課題を乗り越え、ここまでたどり着き感慨無量。合併してよかったと市民が喜べるよう、今後も努力することが私たちの責務」などと、委員に対しそれぞれ謝辞や新市へ期待を述べていた。

 同協議会は新市発足前日の三月十九日に廃止される。

職務執行者に伊藤町長 坂井郡4町長会(2006.2.14)
 坂井郡四町長は十三日、四町長会を坂井町役場で開き、三月二十日の坂井市発足に伴い、新市長が決まるまでの市長職務執行者に、伊藤平一郎坂井町長(64)が就くことを決めた。十三日の坂井郡四町合併協議会でも報告された。

 この日の合併協では、坂井市長選を「四月十六日告示、二十三日投開票」に予定していることが示された。このため伊藤氏の任期は、三月二十日から四月二十三日の新市長が決まるまでの約一カ月間となるもようだ。市長選の正式日程は、合併後の最初の暫定選挙管理委員会で決まる。

 伊藤町長は「限られた時間内だが、新市のまちづくりに誠心誠意取り組みたい」と話している。

 職務執行者の選任は各町会の議決や、合併協での承認は必要なく、首長の協議で決めることが地方自治法施行令で定められている。

 また四町長会では、このほか暫定の教育(五人)、固定資産評価審査(四人)、選挙管理(四人)の三委員会委員予定者も決め、合併協議会で報告した。

新「永平寺町」あす誕生
松岡、永平寺、上志比県内8番目の合併 人口2万1000人に(2006.2.12)
新「永平寺町」の本庁となる松岡町役場で行われた庁舎銘板の取り付け作業=11日午前10時ごろ
 松岡、永平寺、上志比の吉田郡三町村が合併し十三日、新「永平寺町」が発足する。平成の大合併による新自治体の誕生は県内八番目。人口約二万一千人、面積は県全体の2・25%に当たる約九十四平方キロとなる。三町村役場では十一日、職員総出で書類、備品の搬入や事務の確認作業を行い、週明けの新体制スタートに備えた。

 本庁となる松岡町役場では午前十時ごろ、地元業者が正面玄関で庁舎銘板の取り付け作業に当たり、「永平寺町役場」と書かれた金色の銘板を一文字一文字、丁寧に設置していった。永平寺町、上志比村からは大量の書類や備品が次々と届けられ、職員は段ボール箱を庁舎内に運び入れ、終日、確認作業に追われた。

 合併後、支所となる永平寺、上志比の両町村役場でも書類の整理やネットワークシステムの整備作業が着々と進められた。

 十三日は午前八時からそれぞれの庁舎で開庁式が行われ、職員の辞令交付式、暫定選挙管理委員会などが開かれる。永平寺警察署(現松岡署)や新しい町消防本部・消防団の開設式もある。

3町村の歴史に幕
松岡 永平寺 上志比 拍手で閉庁式(2006.2.11)
職員に見送られ、庁舎を後にする伊藤町長ら=10日、永平寺町役場
 新「永平寺町」の誕生を十三日に控え、松岡町、永平寺町、上志比村の各役場で十日、閉庁式が行われた。合併に伴い失職する町村長ら特別職の退任式があり、職員が感謝の言葉を贈った。

 永平寺町役場では職員約七十人が出席。伊藤信一町長は「合併を果たすことができて感無量。十三日からはそれぞれ新しい永平寺町に向かって、いろいろなアイデアを出しながら、まちづくりに励んでほしい」と最後のあいさつをした。

 また、合併に伴い失職する伊藤町長、大谷清治助役、中野藤諭教育長を前に、職員代表の長谷川治人総務課長が「昼夜を問わず、献身的に職務に励み、合併を成し遂げてくれた」と感謝の言葉を述べた。三人は職員から花束を贈られ、大きな拍手に包まれながら、庁舎を後にした。

 松岡町役場では職員約百三十人、上志比村役場では職員約四十五人が式に出席。松本文雄松岡町長は「これまで培った経験を生かし、町の発展に生かしてください」と話し、鈴木喜代宏村長は「新町になっても、百十七年の歴史ある上志比の先人の意思を受け継いで、常に住民のための職員であってほしい」と別れの言葉を述べた。

上志比村117年に幕
「永平寺町」誕生控え閉村式(2006.2.6)
117年の歴史を持つ上志比村の閉村記念碑=5日、同村文化会館サンサンホール
 吉田郡三町村による「新」永平寺町誕生を十三日に控え、上志比村は五日、閉村式を同村文化会館サンサンホールで行った。出席者は記念碑の除幕やスライド上映を通じて百十七年の歴史を振り返り、地域の新たな飛躍を誓った。

 同村は明治二十二(一八八九)年の市町村制施行で誕生して以来、初の合併となる。式典には村民ら約二百人が出席。鈴木喜代宏村長が「上志比村の歴史に幕を下ろすことに一抹の寂しさがあるが、合併を新たな飛躍のスタートと位置付け、まちづくりにまい進したい」と式辞。鈴木宏紀議長もあいさつした。

 特別村政功労者四人への感謝状贈呈や、会館前に建立された閉村記念碑の除幕も行われた。スライド「百十七年のあゆみ」が上映された後、村旗を降納。鈴木村長から上志比小六年の南部和智君、今澤智子さんに渡され、二人が「たくさんの思い出がある」「上志比村を忘れない。ありがとう上志比村」と元気に宣言すると、会場からはすすり泣く声も上がっていた。
 また会場では、同村出身で京都造形芸術大三年の武内真結さんが、通学する児童生徒やゲートボールを楽しむお年寄り、駅など村の日常や景色を切り取った写真展「これから」を開催。訪れた村民らの目を引いていた。

「新福井市」 膨らむ夢
式典に2600人 「活力、潤いあるまちへ」 (2006.2.5)
 福井、美山、越廼、清水の四市町村が合併して一日に誕生した新しい福井市の門出を祝う記念式典が四日、市フェニックス・プラザで開かれた。市民ら約二千六百人が参加し、新市に寄せる夢や期待を高め合った。

 式典には西川知事や県選出国会議員、県内の各市町村長らが出席。合併までの経緯や旧四市町村の特色を紹介する映像が巨大なスクリーンに映し出され、開幕した。

 酒井哲夫市長は旧四市町村の歴史や自然を紹介し「それぞれが誇る有形無形の資産をさらにはぐくみ、活力と潤いのあるまちづくりを進めることがわれわれに課せられた使命」と参加者に呼び掛けた。

 合併功労者の総務大臣表彰では、有塚達郎(美山)刀禰麒一(越廼)斎藤三哲(清水)の旧三町村長と酒井市長に賞状と記念品が手渡された。また、合併協議会の委員などにも酒井市長が感謝状を贈った。

 西川知事は「市民のきずなを一層深め、輝かしい未来へと前進してください。福井市がわが国を代表するような確固たる地位を築いてほしい」と新市の発展に強い期待を寄せた。

 式典に続く第二部では、幅広い年代によるアトラクションが行われた。旧四市町村を代表する郷土芸能などが次々に披露され、参加者たちに新・福井市が持つ魅力をアピールした。

足羽・美山・越廼・清水中生徒合同
希望込め 136人熱唱

合併記念式典で、美しい合唱を披露する足羽・美山・越廼・清水中学校の生徒=4日、福井市フェニックス・プラザ

 記念式典の第二部では、旧四市町村を代表する演劇や太鼓演奏などの芸能が次々と披露された。この日のために結成された中学生たちの合唱団も、新市に寄せる夢や希望を歌に乗せて発表した。

 旧美山町からは、平均年齢七十一歳という高齢者劇団「美山ババーズ」が登場。主人公の老女が他界した夫とやり取りする喜劇「さんずの川のじいさん」を披露した。福井弁でユーモアたっぷりに演じる芝居に、会場からは大きな笑いが響いた。

 旧越廼村からは、太鼓と笛の音に合わせて獅子が舞う「越廼神楽」を茱崎青年団が披露した。旧福井市代表の東部保育園の園児は「子ども馬鹿ばやし」でかわいらしい音を響かせた。旧清水町の太鼓グループ「鼓太郎」は、シンセサイザーに合わせて力強い演奏を繰り広げた。

 フィナーレは足羽、美山、越廼、清水の各中学校から生徒百三十六人が参加した合唱。この日のために二カ月以上練習した成果を存分に発揮し「歓喜の歌」「大地賛頌」を熱唱した。また「ふるさと」のハミングをバックに、新市への期待や夢を込めた「未来へのメッセージ」を発表した。

 「福井で万博を開催するのはどう?」「福井から総理大臣を」「いつまでも心が安らぐ故郷であってほしい」―。新市の将来を担う生徒の思いに、大きな拍手が送られた。

新・福井市が始動
「資質の向上を」市長、職員に訓示(2006.2.2)
合併をバネに全国に誇れる都市として発展できるよう訓示する酒井市長=1日、福井市役所
  市町村合併を果たした新・福井市で一日、新しい体制での業務がスタートした。美山、越廼、清水の旧三町村役場は、それぞれ総合支所に”衣替え”。市役所本庁には旧三町村の職員六十九人が配属された。酒井哲夫市長は「市民が合併して良かったと実感できて、初めて目的達成といえる」と訓示し、職員に一層の職務精励を呼び掛けた。

 酒井市長は午前八時半、別館大講堂に管理職約二百六十人を集め、新市の市長として第一声となる訓示を行った。「この合併は一つの区切りにすぎない。道州制の導入など、今後ますます推進される地方分権に対処していくため、自らの資質、能力の向上に努めてほしい」と呼び掛けた。

 新体制では、五課一分室からなる三つの総合支所や、福井地区消防組合の解散に伴う消防局が新たに加わり、これまでより四部局二十七課多い十二部局百十二課体制となった。

 総合支所では開所式が開かれ、旧役場名から総合支所名に取り換えられた庁舎表示を除幕した。職員たちが見守る中、総合支所長や非常勤の行政顧問らがテープカットし、新市の誕生を祝った。

 合併を祝って同市は四日午後二時から、市フェニックス・プラザで約二千人を集めて記念式典を開く。旧四市町村の市民や中学生らが郷土芸能や合唱を披露し、新市の一体感をはぐくむ。

 

旧町村で総合支所開所
前首長ら激励 3拠点「一層充実を」(2006.2.2)
  新・福井市が誕生した一日、美山、越廼、清水の各総合支所(旧町村役場)で開所式が行われ、新たな門出を祝った。各総合支所は▽総務▽市民生活▽福祉保健▽産業▽建設▽教育委員会分室―の五課一分室体制で、各地区住民への行政サービスをスタートさせた。
清 水
住民の”相談所”目標
開所式を終え、早速窓口業務に当たる職員=1日、福井市清水総合支所
 (職員・出先含め82人)
 八木政啓支所長や行政顧問の田嶋久士前清水町助役ら五人が、支所玄関前でテープカットし、くす玉を割った。

 支所職員ら約四十人が出席した開所式で、八木支所長は「地域住民が合併してよかったと思えるまちづくりを進めていきたい」などと市長メッセージを代読。斎藤三哲前清水町長が「清水地域の歴史、文化を磨くことが新市の発展につながる。総合支所が住民の”相談所”になるよう期待しています」と激励した。

 各課では、電算システムの稼働などを確認した後、午前八時半から業務を開始。早速、書類申請の対応などに追われた。市民生活課の女性職員(36)は「持ち場も変わり緊張しています。これまで以上に充実した行政サービスを提供していきたい」と新体制での仕事に意欲を見せていた。

 住民異動届を提出した女性(32)は「十月に旧清水町に引っ越しましたが、合併に合わせて届けを出しました」と話していた。
美 山
「融合と発展」目指す
す玉を割り、開所を祝う関係者=1日、福井市美山総合支所
 (職員・出先含め85人)
 開所式は午前八時から行われ、支所職員や地元の自治会長、各種団体代表ら約七十人が出席。有塚達郎前美山町長、行政顧問の石田一司前同町助役ら四人がテープカットし、くす玉を割った。

 庁舎内の旧正庁では三崎恆雄支所長が酒井市長のメッセージを代読した後、有塚前町長が「美山の一番の宝である子供たちを大切に守り、福井市にしっかりと溶け込んで存在感を表すような地域に発展してほしい」と祝辞を述べた。

 庁内の館内放送で「福井市民の歌」が流れる中、支所職員たちは各課で準備。午前八時半すぎには窓口に新市民が次々と訪れ、職員は各種申請書の交付や相談に丁寧に応じていた。

 合併日の記念にと住民票の写しを申請した高松武法さん(51)=蔵作町=は「役場(支所)の雰囲気はさほど変わってない。ただ、数年先に支所職員の数がどれくらい減るのかが心配」と将来の支所機能の低下を不安視していた。
越 廼
住民と一体で光る街つくる
開所を祝いテープカットを行う藤岡支所長(左から2人目)ら=1日、福井市越廼総合支所
 (職員・出先含め29人)
 支所職員や地元住民が見守る中、藤岡眞一支所長や行政顧問の刀禰麒一前越廼村長らがテープカット、くす玉割りを行い、福井市としての新たなスタートを切った。

 開所式には自治会長ら四十人が出席。藤岡支所長が「合併してよかったといわれるようなまちづくりを進めていきましょう」と、酒井市長のメッセージを読み上げた。続いて刀禰行政顧問が「小さくてもキラリと光る越廼をつくるために地域、住民と一体となって職務に励んでください」と祝辞を述べた。

 午前八時半からは館内放送で酒井市長の訓示が流れ、職員は手を止めて神妙な面持ちで聞き入っていた。放送終了後には、窓口に新しい住民票の交付を求める住民らが訪れ、対応に追われていた。

「福井市」スタート
日本海側主要都市へ一歩(2006.2.1)
 福井市は美山、越廼、清水の三町村を編入し一日午前零時、新・福井市が誕生した。県内の市町村数は八市十三町二村の計二十三市町村となった。同市は今回を「さらなる合併への第一歩」と位置付けており、今後進むとみられる道州制を見据え人口三十万人以上の「中核市」、さらに一段上の日本海側有数の主要都市を目指す。

 人口は約一万七千人増の二十六万九千百四十三人、面積は約一・六倍の五三六・一七平方キロメートル。福井市役所を本庁に、旧三町村役場は総合支所として新たなスタートを切った。市の組織機構は十八部局室八十五課から二十二部局室百十二課体制となった。

 三町村は三十一日で廃止、市消防局となった福井地区消防組合も同日解散した。一日は各総合支所で開所式を行い、本庁では午前八時半から酒井哲夫市長が訓示、新しい福井市の幕開けを告げる。

 福井市をめぐる合併論議は二○○二年十月、人口三十万人以上の本県初となる「中核市」を目指し、福井、鯖江、美山、越廼、清水の五市町村が任意協議会を発足させて本格的に始まった。しかし、新市の名称や地域自治組織の在り方などをめぐって福井、鯖江両市の認識の違いが表面化。鯖江市民の反対機運が高まり○四年三月、五市町村による合併は白紙となった。

 同年十一月に鯖江市を除く四市町村で再度法定協議会を設置。○五年二月、福井市が旧三町村を編入する合併に四首長が合意し、合併協定書に調印した。三月には知事申請を行い、八月の総務大臣告示を受け合併が正式に決まった。

 初代市長は酒井市長だが、既に三月十二日までの今任期限りで勇退を表明。新市長選は二十六日に告示される。併せて定数特例で旧三町村から一人ずつを選ぶ市会増員選と、現在の欠員一を補う市会補選が行われる。投開票はいずれも三月五日。

 「平成の大合併」に伴い県内で発足した自治体はあわら市、南越前町、新・越前町、若狭町、越前市、新・大野市に次いで七番目。本年度内に新・永平寺町(二月十三日)、おおい町(三月三日)、坂井市(三月二十日)の発足が予定され、三十五市町村が十七市町となる。

来月5日に同時選挙
福井市長選、市議補選と増員選(2006.2.1)
 新しい福井市の発足から一カ月後の三月五日、市長選と市議補選、市議増員選の三つの選挙が同時に行われる。いずれも告示日は二月二十六日で、選挙戦になる公算が大きい。立候補予定者説明会は六日、市役所別館大講堂で開かれる。

 市長選には現在、共産党公認の元市議西村高治氏(62)=加茂河原三丁目、元県会議長坂川優氏(53)=松本四丁目、外国法事務弁護士高木文堂氏(50)=文京三丁目、僧侶でNPO理事長酒生文弥氏(49)=篠尾町=の新人四人が立候補を表明。街頭演説を行ったり決起集会を開くなど、前哨戦が活発化している。

 市議補選は現在の定数三十六に対する欠員一を補うもので旧福井市内が選挙区。新人数人が出馬準備を進めている。

 市議増員選は「定数特例」で旧美山、越廼、清水の各町村を選挙区にそれぞれ一人ずつを選ぶ。各選挙区とも複数の人物が意欲を示しており、選挙戦になる見通し。任期は当選告示後から来春の統一地方選までで、市会定数は一時的に三十九となる。

 立候補予定者説明会は市長選が六日午前十時から、市議補選と増員選が同日午後二時から。

 立候補の届け出は二十六日午前八時半から午後五時まで。投票は三月五日午前七時から午後八時まで新市内百六カ所(旧福井市七十七、旧美山町十六、旧越廼村四、旧清水町九)で行い、同日午後九時半から市体育館で即日開票する。

 昨年十二月二日現在の有権者数は二十一万四千六百八十七人(旧福井市二十万三百四十七人、旧美山町四千三百四十八人、旧越廼村千四百九十二人、旧清水町八千五百人)。

 

新永平寺町 町長選来月7日告示
職務執行者に上志比村長(2006.2.1)
 十三日の新「永平寺町」発足に向け協議を進めてきた第二十五回吉田郡三町村合併協議会が三十一日、上志比文化会館で開かれた。町長職務執行者には鈴木喜代宏上志比村長が就任し、初代町長選は三月七日告示、同十二日投開票の予定であることが報告された。

 職務執行者については、同協議会会長の伊藤信一永平寺町長から「二十七日に三首長で話し合い、決定した」と説明があり、鈴木村長は「新町長誕生までの期間、職務を全うしたい」と述べた。

 初代町長選の日程は、十三日に開く暫定選挙管理委員会で正式決定する。

 同協議会は二○○四年十月に任意の協議会を立ち上げ、新町の庁舎位置や議員定数、新町建設計画などについて協議を進めてきた。この日ですべての協議を終了し、合併前日の十二日に解散することが決まった。

永平寺閉町式 44年歩み回顧
合併控え喜びと感慨と(2006.1.30)
 吉田郡三町村の合併を二月十三日に控え、永平寺町は二十九日、同町緑の村ふれあいセンターで閉町式を行った。出席者は同町四十四年の歴史をスライドなどで振り返りながら、町民に親しまれてきた町旗の降納を静かに見守った。

 町職員や住民ら約二百六十人が出席した。伊藤信一町長は「豊かで明るい町づくりにまい進してきたが、今後は団結や融和の意識を高め、誇りの持てる町づくりを進めていきましょう」と式辞を述べた。

 一九六二年の同町誕生以降、豪雪や水害といった災害を乗り越えながら、教育施設の整備などを進め、発展してきた四十四年間の歩みが映像で紹介された。地元のコーラスグループ「バイオレットエコー」は「ふるさと」など四曲を高らかに歌い上げた。

 最後に永平寺中二年の向川翔平君ら地元小中学校の代表四人が町旗降納の大役を務めた。降ろされた町旗をステージ上で広げ、来場者に数秒間披露した後、丁寧に折り畳み、伊藤町長に手渡した。

 同町諏訪間の女性(72)は「少し寂しい気持ちもするが、町の発展のためなら仕方がないですね」と感慨深そうに話していた。


涙、希望 福井市合併へ歴史に幕
発展誓い式典 美山、越廼、清水(2006.1.23)
 二月一日に福井市へ編入合併する美山、越廼、清水の三町村で二十二日、それぞれの閉町村式が行われた。各会場では住民を前に町村長が歴史を振り返り、ビデオ映像で古里の歩みを懐かしむとともに、新たな福井市の一員として県都の発展を誓った。酒井哲夫福井市長は三会場すべてに出席した。

 合併により、各町村名誕生から越廼は百十六年、美山と清水はそれぞれ五十年の歴史に幕を閉じる。

 新しい福井市の人口は一万七千人増えて二十七万人となる。

 一方、三町村の首長ら特別職と議員は三十一日に失職。合併後、二月二十六日告示、三月五日投開票の日程で市長選が行われる。旧三町村では同日程でそれぞれ定員一人の市議増員選がある。
「新たな役割へ終結」 美山

 ○…美山町閉町式は、同町木ごころ文化ホールで開かれた。半世紀の歴史を振り返り、”美山町”の名前が無くなることを惜しみながら、新生福井市での地域の発展を祈った。

 式典には町民ら約四百人が出席。一九五五年、六村が合併した町の前身、美山村誕生から半世紀の出来事を振り返るビデオ映像が流された後、有塚達郎町長があいさつ。「美山町は自治体として終わりのときを迎えるが、この土地、住民、伝統文化は新生福井市の中で、生き生きとした新たな役割を担うことを信じた、発展のための終結です」と述べた。

 町内外の三十七人に功労者表彰状を、地域活性化に尽くした十団体に感謝状を贈呈。美山中の一年生四十八人による「ふるさと」などの合唱が披露されると、涙ぐむ出席者もいた。

 町旗降納し、閉式した後には、百五十年の歴史を持つ「チョイヤーサー踊り」と町合併三十周年に発表された「越前美山音頭踊り」が披露され、最後をにぎやかに飾った。
「培った文化は不滅」 清水

 ○…清水町は同町きらら館で式典を行い、町職員や町内団体の代表者ら二百二十人が出席した。

 斎藤三哲町長は「清水町の名はなくなるが、培われてきた歴史と文化は不滅。新しい県都福井市の清水地域として、新たな発展のスタートになることを確信している」と式辞。長谷川寛議長も「住宅団地やふくい健康の森の造成など秩序ある町づくりが行われた。今後もますますの発展を願う」とあいさつした。

 合併協議会のメンバーら町民八人に斎藤町長から感謝状が手渡された後、町内の合唱団が町歌を披露、出席者全員で歌った。

 清水町は一九五五年七月に志津村、三方村、天津村の三村が合併して誕生。ステージ上に掲げられていた五十年の歴史を持つ町旗が降納されると、涙ぐむ女性職員もいた。
「キラリ光る地域に」 越廼

 ○…越廼村の閉村式は越廼中体育館で開かれ、来賓や村民ら約三百人が出席した。

 刀禰麒一村長は「由緒ある越廼の名称がなくなることは残念。合併後も地域の伝統や文化を大切に後世に伝えることが越廼の発展につながる。新福井市の観光と漁業の一翼を担い、小さくてもキラリと光る地域であり続けたい」と時折言葉を詰まらせながらあいさつした。

 村政功労者表彰や、村の歴史を振り返るビデオ上映の後、越廼小五、六年生と越廼中一、二年生の計五十人が村民歌「羽ばたく越廼」を合唱。お年寄りらはともに口ずさみ、涙ぐんでいた。最後に刀禰村長と久保東喜雄議長が村旗を降納した。越廼村は一八八九年、大味浦、茱崎浦、蒲生浦が合併、村制を施行し誕生。一九五二年に下岬村と合併し、現在の越廼村が発足した。

松岡町閉町式 歴史振り返る
「永平寺町」誕生控え(2006.1.23)
 吉田郡合併による新「永平寺町」誕生を二月十三日に控え、松岡町は二十二日、郡内三町村で最初となる閉町式を同町福祉総合センター翠荘で行った。町旗を降納し、五十年の歴史に幕を下ろした。

 町職員や住民ら約二百人が出席。一九五五年に旧松岡町と吉野村、五領ケ島村が合併して誕生し、豪雪などの自然災害を乗り越え、発展してきた同町の歴史を映像で振り返った。

 松本文雄町長は「時代の変化に応じた新しい豊かさを確立するため、町民本位の町づくりに取り組んでいかなくてはならない」と、合併後の町の発展を願い式辞を述べた。

 功労者表彰など全日程が終了した後、会場正面に掲げられた町旗がゆっくりと降ろされ、職員から松本町長へと手渡され、出席者全員が感慨深く見守っていた。

 現在の永平寺町は一月二十九日、上志比村は二月五日にそれぞれ閉町村式を行う。

 新しい永平寺町は人口約二万千人で、本庁は現在の松岡町役場庁舎に置かれる。


大飯町 職員一斉昇給を撤回
「厳しい社会情勢考え」(2006.1.14)
 大飯町は十三日、全職員の給与を一日付で一斉に引き上げるとした決定を撤回したと発表した。「厳しい社会情勢」などを理由としている。

 町は三月の名田庄村との合併を前に職員を激励する意味などを込め、約百三十人いる職員の給与を一律一号俸ずつ引き上げる形で一人当たり月四千―九千円上げることにした。町長の裁量範囲での決定だったが、国や県は「一斉の昇給は不適切」などと指摘し、再考を求めていた。

 これを受けて町は十二日夜、課長会議で撤回を決定した。職員には各課長を通じて伝えられた。

 時岡忍町長は「いい町づくりのために、職員の能力を引き出す環境づくりが肝心と考えていた。こういった形で撤回するのは不本意」とする一方「厳しい社会情勢や住民感情を考えて(撤回が)一番いいだろうという結論になった。職員も冷静に対処してくれている。合併に向けて引き続き頑張ってほしい」と話している。


大飯町 合併前、一斉に昇給
多忙が理由 県は「不適切」(2006.1.7)
 三月に名田庄村と合併する大飯町が、全職員の給与を一月一日付で一斉に引き上げたことが六日分かった。同町は「定期昇給の時期を早めた」としているが、県市町村課は「全員一斉の昇給は不適切」として同日、町に再検討を求めた。

 町によると、昇給は約百三十人の職員全員が対象。一律一段階ずつ引き上げ、一人に付き月約四千―九千円を増額した。

 同町では毎年一、四、六、十の各月に分けて一人年一回の定期昇給があるが、今回について時岡忍町長は「合併前で仕事量が増えており、新年度の定期昇給をいわば一斉に前倒しした」と説明している。決定は、町長の裁量範囲という。

 公務員給与については、民間の給与水準との格差是正のため国が引き下げの方針を示しており、人事院勧告に伴って全国の各自治体が給与引き下げの条例改正をしている。同町でも昨年十一月、月額0・36%減給の条例改正を行ったばかり。

 また国家公務員の場合は、特別昇給の対象者は一年間に職員定数の15%以内にとどめることになっており、地方公務員もこれに準拠するとされ、総務省給与能率推進室は「国にないような制度で支払われるべきではない」としている。

 また県は「全員一斉に昇給というのは聞いたことがない。取り扱いについて再検討するように強く指導した」としている。

 原発が立地する大飯町は財政が比較的豊かで、地方交付税の不交付団体。一方、国家公務員の給与を100とした「ラスパイレス指数」は、全国の町村平均93・7を下回る91・4(二○○五年四月)となっている。

 時岡町長は「仕事量が多いのに給与は低く、ずっと引き上げようと思っていた。三月三日の名田庄村との合併に向けて数カ月で特に仕事も増え、辛抱させるのは忍びない」と話している。


合併後の福井市長、市議選
来月6日に説明会(2006.1.5)
 福井、美山、清水、越廼四市町村の合併後に行う福井市長選と市議補選、市議増員選を前に、同市選管は二月六日、立候補予定者説明会を市役所別館大講堂で開く。市長選は午前十時から、市議補選と増員選は午後二時から。

 三選挙とも二月二十六日の告示、三月五日投開票。福井市は市長選と市議補選、三町村では市長選と市議増員選を行う。

 立候補の届け出は、二月二十六日午前八時半から午後五時まで市役所別館大講堂で受け付ける。投票は三月五日午前七時から午後八時まで新市内の百六カ所(福井市七十七、美山十六、越廼四、清水九)で行う。同日午後九時半から市体育館で即日開票する。

 市長選には、元県会議長坂川優氏(53)=松本四丁目=と、共産党公認の元市議西村高治氏(62)=加茂河原三丁目=が立候補を表明しているほか、外国法事務弁護士の高木文堂氏(50)=文京三丁目=の出馬が確実。

 昨年十二月二日現在の有権者数は、福井市二十万三百四十七人(男九万五千五百七十八、女十万四千七百六十九)、美山町四千三百四十八人(男二千七十、女二千二百七十八)、越廼村千四百九十二人(男七百八、女七百八十四)、清水町八千五百人(男四千八十五、女四千四百十五)の計二十一万四千六百八十七人(男十万二千四百四十一、女十一万二千二百四十六)。


福井市編入3町村 区名変更へ
大字名に「町」が基本
重複4区は旧町名で区別(2006.1.5)
 二月一日に福井市に編入合併する美山、清水、越廼三町村で区名変更が行われる。大字名に「町」を付けるのが基本だが、現在の福井市の区名と重複する四区については「美山」「清水」などを付けて区別する。美山町の朝谷島、三万谷別所は住民の意向を踏まえ、新しい名称とする。

 福井市の区名と重複するのは美山町大谷、川上、河内と清水町杉谷の四区。それぞれ美山大谷町、東川上町、味見河内町、清水杉谷町とする。

 美山町朝谷島は「美山の名称がなくなるのは寂しい」という住民の意向から美山町とし、朝谷島の名称はなくなる。同町三万谷別所は宇坂別所町に変更する。このほか、日常的に使う漢字表記に改めるものもあり、同町籠谷は篭谷町、清水町田尻杤谷と甑谷は田尻栃谷町、甑谷町とする。

 美山町大宮と清水町和田は福井市に大宮一―六丁目、和田一―三丁目があるが「全く同じではない」として、町を付ける変更とした。

 例外として清水町の志津が丘とグリーンハイツは町を付けず、「丁目」の付いた現在の名称のままとする。越廼村はすべて原則通りの変更となる。

 美山町大宮と清水町和田については、一部市議から「新しくできる大宮町と和田町は現在の福井市の大宮、和田と全く方向が違う。戸惑いが生じるのではないか」と懸念の声が出ている。市の市町村合併推進室は「慣れ親しんだ区名を残したいという地域の強い意向があったため、尊重した」としている。

 ▼福井市と重複で変更
美山町大谷  →美山大谷町
 同  川上  →東川上町
 同  河内  →味見河内町
清水町杉谷  →清水杉谷町

 ▼住民の意向で変更
美山町朝谷島 →美山町
同 三万谷別所→宇坂別所町

 ▼漢字表記の変更
美山町籠谷   →篭谷町
清水町田尻杤谷→田尻栃谷町
 同   甑谷  →甑谷町