天明6(1786)年に5代鯖江藩主となる。学問や美術を好み、京都の儒学者芥川元澄を招き師弟の教育に尽力。藩校創設の基礎を築き、「越前鯖江藩誌」や「間部家譜」の編さんも指示した。