鯖江藩の藩医として活躍し、周庵、俊庵、玄達、玄仲、周庵と続いた。このうち俊庵は、蘭学者杉田玄白に師事し、解剖実験にも参加するなど将来を嘱望されていたが、文化7(1810)年に24歳で亡くなった。