【越山若水】「おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ」。太宰治が没落する貴族の人間像を描いた小説「斜陽」の一文である▼モデルは太宰の生家・津島家で、冒頭の発言の主は最も貴族らしい母親とされる。食卓の料理をひょいとつまんでも、決して不作法に見えなかったという▼どうやらつまみ食いを正当化するため、とっさに考えついた言い訳のようだ。それでも読者の印象に残るせりふ。日本人のご飯好きというポイントをうまく突いている▼一方、北杜夫の「楡家の人びと」は病院の炊事場の情景から始まる。大釜のご飯が炊きあがると「火傷(やけど)するくらい熱く、ねばっこく、親しみぶかい湯気が濛々(もうもう)と立ちのぼった」▼小説を読んだ池田弥三郎は、医者からご飯を控えるように言われながら、日本人のお米信仰に触れ「うまいものをがまんして長生きしてもつまらない」と開き直ったそうだ▼「食彩の文学事典」(重金敦之著、講談社)から引用した。さて、日本人の米離れが言われて久しい。それでも新米の季節を迎え、やはり心がうずく▼今年は高温続きで、水稲の県内作柄概況は「平年並み」。立て続けに襲来した台風20、21号の影響も気がかり。県の調査では福井ブランド「いちほまれ」に被害は少ないという。福井が自負する新米に食指が動く。

関連記事