死去したジョン・マケイン氏(AP=共同)

 8月25日、党派を超えた政治活動で知られ「ベトナム戦争の英雄」と謳われたアメリカのジョン・マケイン上院議員が81歳で亡くなった。

 マケイン氏といえば、2008年に共和党の大統領候補として民主党候補のバラク・オバマ氏と選挙戦を戦ったことで日本では有名だが、彼にはスポーツ界にも知人、友人が多かった。

 マケイン氏はアリゾナ州選出の上院議員だったが、NFLのアリゾナ・カージナルスのワイドレシーバー(WR)ラリー・フィッツジェラルド選手がこんな追悼ツイートをしていた。

 「アメリカンヒーローであり、政治家であり、公僕であり、そして親愛なる友人よ、安らかに眠りたまえ」

 フィッツジェラルド選手は、カージナルス一筋15年のキャリアを誇るチームの顔だ。州の代表であるマケイン氏とは自然と交わる機会も多かっただろうが、アスリートがアメリカを代表する政治家を「親愛なる友人」と呼べるところが、なんとも羨ましい。

 立場は関係なく、お互いを尊敬し合っていたことが伝わってくるからだ。

 日本では、政治家とアスリートの距離が遠い。アメリカでは大統領選挙ともなれば、アスリートがどちらの候補に投票するかを表明することは珍しくないし、オバマ氏が大統領選挙に出馬したときは、NBAの選手たちが積極的に資金集めのパーティーを開いていた。

 なぜ、アメリカでは政治とスポーツの距離が近いのか考えていくと、それぞれが「社会的な役割」を認識しているからではないか、と思い至った。

 政治家は当然、有権者の代表である。そしてアメリカでは、アスリートは「ロールモデル」、模範的な市民であることを期待されるのだ。

 多くのアスリートに取材すると、それが負担だという選手もいるが、役割を担っているうちに、社会活動に積極的になり、その延長線上で政治家との交流を深めるケースは珍しくない。

 マケイン氏は、そうしたアスリートを積極的に支援した。

 彼の葬儀には、身長210センチを超える元NBA選手のディケンベ・ムトンボ氏の顔があった。

 彼は1966年にアフリカのコンゴで生まれ、91年から2009年までNBAで息の長いキャリアを積んだ。

 ムトンボ氏は外交官志望だったこともあり、現役時代からアフリカでの社会活動を行い、母国に病院を建設するなど、多大な貢献をしてきた。

 そうした活動を、マケイン氏は見逃さなかった。彼が運営する「マケイン研究所」は、2016年にムトンボ氏の功績をたたえ、表彰している。

 政治とアスリートがいい形でつながっていることを見るにつけ、アメリカ社会の力強さを実感するのである。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市で生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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