【越山若水】昭和もまだ1桁のころ、サトシ少年は武生駅の裏に住んでいた。兵隊さんの出征の連絡が来ると仲間と駅に集まって、「万歳!」とやった▼満州事変や上海事変が激しかった時代。鯖江の連隊の兵隊さんが、戦地へ向かう姿を見るのは珍しいことではなかった。ただ気付いたことがある▼見送る人は騒いでいるのに兵隊さんは「しょぼん」として手を振ることもない。貨車にのった軍馬までが、「しょぼん」としていた▼それを見た仲間たちは駅からの帰り道、みな黙りこくってしまった。今年92歳で亡くなった絵本作家の加古里子(かこさとし)さんの記憶では、出征の見送りの光景はあくまで寂しい。小学校卒業時の作文を元に出版された「過去六年間を顧みて」の中で、ご本人が振り返っている▼作文の原稿は文字通り戦火をくぐった。1945年4月東京の自宅が焼失。でも防空壕(ごう)の中にあって無事だった。不思議な運命で加古さんの少年期の世相を今に伝えている▼8月15日が終戦の日だと知らない若者が増えているという。とすれば、日本が降伏文書に調印した9月2日は、さらに意識されることが少ないだろう▼戦争の記憶の薄れは平和の証しというかもしれない。けれど、危うい事柄は、人々が関心を寄せなくなったときにこそ忍び寄ってくる。つくられたにぎやかさの中で、表情を失っていた兵士のことを覚えていたい。

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