【越山若水】医師になって4年目だったという。担当した高齢の患者が脳梗塞で死亡した。首の動脈に針を刺す検査が元だった。どうしてと遺族に詰め寄られ、進退窮まった▼寺沢秀一・福井大名誉教授の経験談である。この6月に刊行された著書「話すことあり聞くことあり」(シービーアール)で披露している▼そこは離島の病院。十分な設備がないために、お年寄りには合併症のリスクが高い検査もせざるを得なかった。不幸な結果は、熟練の医師でも避けがたかった▼そんな事情を遺族に説明してくれたのは、上司だった。対応に窮した部下を見かね「許してやってください」と、何度も頭を下げた。それ以上、遺族がとがめることはなかった▼この出来事とともに若き寺沢医師が心に留めたのは、上司の次の一言だった。「われわれに手抜かりの有る無しにかかわらず、大切なご家族を失った遺族の心を思ったら、謝らずにはおれませんね」▼おかげで謝ることができる医師になれた、とある。そして、こう書いている。「謝るより、許すほうが何倍も難しく、重いのだと知ってほしい」▼敬意をもってご紹介したい。寺沢先生は、あらゆる病気やケガの診療に携わる北米型救急医の先駆者である。本書は研修医向けだが、読んでほしい人が別にいる。5人が相次いで亡くなった岐阜の病院長。あの人にも心はあるだろう。

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