かなり風変わりな本だ。漫画を描くためのハウツー本でも、漫画家になるための手引書でもない。ましてプロレタリア芸術運動の啓蒙書でもない。人生を豊かに生きるために「働きながら表現すること」の重要性と方法を示した指南書というべきか。

 編集者である著者は仕事で疲弊の極みにあった際、漫画を描くことで心身を癒やした。その体験から、働く者は仕事に埋没しないために表現手段を手に入れるべきだと悟る。漫画を勧めるのは、お金も仲間もいらず、他人に気軽に読んでもらえるからだ。

 全472ページの前半分を使って漫画を描く動機や目的の持ち方を諄々と説く。後半に示される具体的な描き方の特徴は、漫画の定型的技法を徹底的に排除する点。描く人物には表情も感情もいらない(本書の表紙のように)。絵コンテも背景も不要。多忙な仕事の合間に描くためには時間をかけてはいられないのだ。

 ヘタでもいい。目的はプロの漫画家になることではなく、表現による心身のリフレッシュにある。なまじプロを目指すと、嫉妬に駆られたり読者の反応を気にしたりして漫画を描き続けられなくなるという。続けるためにはプロを目指さないこと。これはかなりコペルニクス的な発想ではないか。

 著者は文章と漫画を駆使して懸命に伝えようとする。表現は特別な技術や才能のある人間だけに許された特権的な行為ではない、私にもあなたにも今日からできることなのだ、と。表現への敷居が少し低くなった気がする。

(春秋社 1800円+税)=片岡義博

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