坂本龍馬が福井藩士の村田氏寿に宛てた花押入りの書簡=8月23日、福井県庁

 1864年(元治元年)10月6日に坂本龍馬が福井藩士の村田氏寿に宛てた花押入りの書簡が、幕末明治福井150年博のメイン展示として、この9月に始まる福井県立歴史博物館(福井市)の特別展で、全国で初めて公開される。龍馬の花押が入った書簡では、現存する唯一の原本資料となる。福井県が8月23日発表した。

 特別展「幕末維新の激動と福井」は9月22日から11月4日まで、国宝2点や国の重要文化財3点を含む資料100点余りを展示。黒船来航から明治新政府の誕生にかけて福井藩が果たした役割などをテーマ別に紹介する。

 同館によると、書簡は福井藩士の家系の個人宅(東京都)に所蔵されており、2010年に歴史専門誌で紹介されていた。同館が150年博に合わせて借り受け、専門家の鑑定で原本と特定した。

 書簡は縦15・5センチ、横51センチ。花押は「龍」の左側と「馬」を左右に組み合わせたもので、末尾の日付の下に記されている。龍馬の花押は、63年7月8日付の書簡で知られているものの、原本は焼失したなどとされて複製のみが伝わっている。

 龍馬の書簡は約140点が確認されているが、64年に出された書簡は2通のみ。京都の福井藩邸を訪ねたものの留守だった氏寿に対し、別れのあいさつのため参上したことを告げるとともに、「近日内東下せり」と、近日中に関東へ下ることを伝えている。

 龍馬は勝海舟とともに神戸の海軍操練所のために奔走しており、関東行きは航海を企てるため蒸気船を入手するのが目的だったとみられる。こうした行動を藩内のしかるべき人物に知らせるよう求めており、龍馬と福井藩の密なつながりがうかがえる。

 このほかの展示資料では、由利公正(三岡八郎)が所持していた銘入り刀(刀身64・8センチ、全長83センチ)も全国初公開。福井藩の政治顧問だった横井小楠が67年に藩政や幕政の改革方針を12カ条にまとめた「国是十二条」は、従前に記した国是三論と国是七条草案を合わせて展示し、公正らに大きな影響を与えた小楠の思想の変遷を示す。国宝では、岩倉具視が京都御所に小浜藩主の酒井忠義を招いた際の絵図「安政年間酒井忠義へ賜膳図」が初めて公開される。

 重文の文書「安政大獄処罰案」は、安政の大獄の処罰者と処罰内容が列挙され、橋本左内が遠島から死罪に厳罰化された跡が見てとれる。左内が着流しにしていたとされる紋服も初公開し、体験コーナーでは複製を試着できる。

関連記事