第7章<さなだぼりだご-学園紛争->では、

――私の大学での研究生活は終わった。・・・・・・次の私のテーマ―は地域医療であった。その実践の場を求めて、閉院になってしまっていた自治体病院に行くことになった。私の赴任で、菊池共立病院が公立菊池養生園診療所として再出発した。――

そして養生園診療所医師となるまでの経過として、

――百姓育ち、父の転職により離村。食糧危機。素人百姓。自給自足。弟の農薬中毒。医学志願(僻地医療)。わが肝臓病。内科専攻。農村医学。不養生生活。食医学への目覚め。養生運動(養生園のこころみ)。有機農業。医・食・農の視点でのいのちと土を守る運動へ。――

 さらに第1章<いのちまで人まかせにしないために―自給の心は人を作るー>には、

――戦時中の飢えの厳しさと、物がない時の人の心の冷たさが身に沁みていた私たちは、自力更生の精神で、すべてを自給し、物を大切にすることを身につけました。

 今の農業のあり方を見ると、たべものというより、商品になるものしか作らず、またいろんなものを自給することがなくなってしまいました。古くなったら捨て去り、新しいものを買い求めます。私たちは、生産手段を持たないのがいかにみじめかを身をもって経験し、また、両親から生きる知恵を学ぶことにより、自給のすばらしさを知りました。

 農業は人の命を守り人間も育てます。また生活の中のすべての自給が可能なのは農業をおいてほかにありません。生活の豊かさだけでなく、人間の心の豊かさもおのずと培われるものであります。私の養生園でのこころみの原点は、私の百姓経験にあります。――

 第4章<私の医療観>には、

――医・食・農によるいのちと土を守る運動は、もはや世界的な課題である。医は医、食は食、農は農で近代路線を暴走したらどういうことになるのだろう。考えてみただけでも恐ろしい。今こそいのちの視点での医・食・農の結合が叫ばれなければならない。(『土と健康』昭和56年12月号)――
と書かれています。

 第6章<医者百姓の願い―医・農、自然に学ぶべし―>には、

――自然界の生物は次の世代に生命のバトンタッチをするためあらゆる努力をする。植物は岩の上でも生命を芽生えさすし、きびしい自然の条件に順応させて、きたえて根を張っていく。人間は知恵があるため(浅知恵かもしれぬ)自然を変えて、自らを生きやすくする。しかし結果的には、自然改造が便利さの追求から金儲けの手段となり、自然を破壊しつつある。人間も植物と同じ自然界の一生物であることを忘れさせてしまいつつある。植物といえども自分を取り巻く自然界の生物なくしては単一の植物では育たない。微生物だっていのちを支える大切な生物である。

 人間こそ植物という生物なくしては一日もくれない。食物だけではなく体を取り巻く微生物も我々のいのちを支えている。この点では植物と何ら異なるところはない。

 しかし今では、食物が生き物であることも忘れられているし、わざわざ生き物を薬品により加工し、無生物にし鉱物化している。純化することにより、生き物を薬品化して常用することもある。

 私は、二時間の堆肥づくりの研究会で、‘生物学’の基礎を教えられた。医学者や医師、農学者や農業者は知識としては人間も食物も生き物であることは知っているけれど、その技術を人間に役立てるときには、経済的な合理性だけが追及されて、生物学的な合理性は忘れ去られているような気がしてならない。

 農学も医学も、人間と自然界の間に一つの枠をもうけて人間に都合のいいお客だけを歓迎している。自然あっての植物及び人間であるが、その自然を人間中心に考えている所に大きな誤りがあるのではないか。

 堆肥は何のために作るのか。植物の食べ物だけを作るのではない。農作物を守ってくれる微生物やミミズの棲み処を作るのである。人間も自然との共存の中でしか生きる道はあるまい。自分を取り巻く自然界への思いやりこそが私たちのいのちを守ることになるとつくづく考えさせられた。青年たちも私も時間を忘れた。自然界とは実に素晴らしい。お互いが助け合っていきている。農業も医学もここに目をつけなければならないと青年たちも私も肝に銘じて、みぞれ交じりの闇の中にそれぞれ明日への希望を抱いて散って行った。(『新しい医療を創る』昭和49年12月25日)――

 第6章<医者百姓の願い―医師たるものの使命―>には、

――核が戦争に使われたらどうなるか、それを一番よく知っているのは日本人である。そして広島、長崎の犠牲者をみとり、治療し、その悲惨さを最も知り尽くしているのは、日本の医師である。

 今日、社会がこれほどまでも核の問題に関心を示し、核廃絶ののろしが世界各地で起ころうとしている時、我々医師は実に冷静に沈黙を守り続けている。いったん戦争が起これば、医師は再び戦場にかりたてられるか、その犠牲者の治療に当たらねばならぬが、もうその必要すらなくなるだろう。

 かつて、もの言わぬ国民が、富国強兵の先頭に立たされ、戦場のつゆと消えた。今日またもの言わぬ国民が、同じ運命を辿るとしたら、もうその時はすべては終わりである。

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