小松菜などの葉物はこの夏場はどうしても育ちにくく、育ったとしても露地栽培では固くてあまりおいしくないので作らないのです。しかし、近所の人に苗をいただいたことがきっかけとなって作るようになった、摘んでも、摘んでも次々と芽を出す、ツルムラサキ、モロヘイヤ、金時草などの葉物やオクラなどのねばねば系のものは特に夏場に強いようです。この暑さにもびくともしない強さと生命力を持っているようです。

 その成分はネットなどで検索すると食養としてみたときもとても優れている野菜であることも知らされ、ここ近年我が家では夏野菜としては欠かすことのできない野菜となっています。

◆本、『土からの医療-医・食・農の結合を求めて』との出会い 

 書棚に何気なく目をやると見慣れぬ本が目につきました。『土からの医療』(竹熊宜孝著 地湧社)。あまり記憶にない、見たことのない本です。どうしてこの本が今私の本棚に?思い巡らしてみましたが記憶にないのです。買った記憶もないのです。それでは家族の誰かの本を持って来てしまっていた? 持ち主は保育園の畑でEMぼかし・有機農法に取り組んだ元園長以外にはいないのでは? そう思いながら、手に取って開いてみました。1979年初発発行 1995年改訂改装24刷とある本です。

 目次を見ると、これまで私が出会ってきた、「医と農と食」がつながった実践が30年も前に、もっと色濃くなされているのです。

 その本の著者「竹熊宜孝(たけくま よしたか)医師」のプロフィールは次のようでした。
「昭和9年熊本県山鹿町に生まれる。昭和35年熊本大学医学部卒。昭和40年、熊本大学大学院卒。医博。1年半琉球政府立中部病院勤務。その後、熊大医学部助手を得て講師。昭和50年4月より、公立菊池養生所診療所々長として現在に至る」とあります。

 第1章<いのちまで人まかせにしないために―食は薬、たべものはいのち―>には次のようなことが書かれています。

――私が、たべものは いのちそのものであると悟ったのは、私の断食体験からです。たべものが体に はいらなくなると、体は生きながらえるための準備を急速に始め、有害なものを排泄し、必要なものは出さなくなります。梅干し一個が命取りになったり、救いの神になったりします。ものをとらないことによって、無駄なものと有害なものが取り除かれる結果になりました。自然界の動物は自然がその調節をし、また本能的に自制されています。動物は人間の寿命にして百四十歳まで生きられるという秘訣は、ここにあるような気がします。私の体は再び若さを取り戻し、甦ってきました。薬や食以前の問題がここにはあるような気がします。生命力とでもいいましょうか。この時からです。私が現代医学と同様に現代栄養学に疑問を持ち始めたのは。現代医学は、病気を見つけ、邪魔者を除くため薬とメスで勝負し、現代栄養学は、分析と調理とによる食品づくりが本命のようです。医学は、生き物である人間を見失い、食ではいのちづくりの食べ物が見失われているような気がいます。医療と栄養学の接点は、自然の治癒力にあると思います。その詰めは両分野とも非常に甘く感じられます。

 自然の良能力を引き出すのが医学と栄養学の基本ではなくてはなりません。薬学、薬理学があるからには、食医学、食理学なるものが、医学の分野に必要でありましょう。
薬とたべものをこのような視点で考えてくると、たべものを作る農業は果たして現実のままでよいかということになります。以前の百姓から、儲かる農業を目指す今日では、そこで作られる農産物は、たべものから商品に変わってしまいました。見かけの良さと増収が最大の目標になり、おそらく、研究機関でのテーマ―もそのようなことだろうと思います。土や品種の研究より、農薬や肥料の研究が先行し、そして近代化ということで、機械化、専業化がすすめられてきました。農業のいわゆる工業化、企業化であります。日本の農業は、急速な経済成長に完全にふり回され、指導者も農業者も迷路にのめり込んできたようです。――

その上記の内容の実際の実践として、第7章<さなだぼりだご―父の残した遺産―>には、

――その頃、私は大学病院に在籍し、現代医学一辺倒で、薬物治療のみを重視し、病は食からということに気づいていなかった。父が亡くなって、私の目が覚めたのである。このことが一つの転機となって、私は医から食への模索を始めた。自らが肥満体、肝臓病、高脂血症、糖尿病と食病の典型であり、家族も同じように病気が多かった。災いを転じてということもあって一家で食病治しをはじめた。断食も試みた。玄米菜食もはじめた。砂糖なしの生活に入った。いわゆる食生活革命であった。半年、一年と時がたつにつれ、母の血圧も下がり、子どもたちも扁桃腺炎や風邪、虫歯に悩まされることもなくなり、私の病気もいつの間にか治ってしまった。――とあります。

第1章<いのちまで人まかせにしないために―農業こそいのちを作る源―>では、

――医学が進んだといっても、病気をみつけることが少し上手になっただけで、その原因を取り除くこと、治療することでは、特に慢性病では無力であります。医学は無力であるとの結論が、私の医から食、食から農への志向になったわけです。農業こそいのちづくりの原点です。

 大学の研究室には、よく製造会社の人が出入りをします。農業の研究所には農業や肥料会社の人が出入りしているようです。薬の研究も大切ですが、人間の体そのもの、土や農作物そのものの研究がもっともっと進まねばなりません。

 私は大学の研究室を辞める決心をしました。私は、病気でなく、病人を診るため、あるいはその背景の社会を診て、食とのかかわりで農業を実践するために。――

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