短編集である。共通するのは、どれも「うなぎが絶滅した後」の物語であるということだ。

 代々続いたうなぎ屋を手放した父親と、彼が保管しているはずの「たれ」を、「うなぎ文化保存会」なる組織が血眼で探す『うなぎばか』。久しぶりに帰省した息子が、現在はレストランで働いている父に、大いに翻弄される。ここで描かれるのは、「自分の使命」と「自分の人生を生きる」ことの塩梅についてだ。自分が心を注いできたものが「絶滅」して、「義務」とか「責任」に縛られてきた旧世代の悲しみが、しかし終盤、とある形で報われる。

 絶滅したうなぎを模して作られたロボットの独白『うなぎロボ、海をゆく』。優秀な人工知能を有し、泳ぎながら魚類の乱獲を取り締まる彼は、「うれしい」から「かなしい」を差し引いた数値「マジックナンバー」を集めている。密漁をする蟹型ロボットと活劇を繰り広げ、人間の漁師と会話を交わす。かつてのような漁がかなわなくなったと、漁師はつぶやく。うなぎという生き物(が生存していた時代)を、まるで知らないロボと、強く胸に残している漁師。物語は意外な急展開を見せる。

 『山うなぎ』は、うなぎの蒲焼に匹敵するほどの旨さを誇る、謎のけもの肉を求めてジャングルへ分け入る、水産加工業者の女子4人組の冒険譚。うなぎの絶滅による水産業の低迷を食らい、解散となったバレーボール・チームのメンバーだった彼女たちは、テントの中で「食うもの」と「食われるもの」の共生についてしんみりと語る。

 それらのストーリーが明るく軽快に語られるが、つまりは遠く失われたものについての物語たちだ。しかもそれを滅ぼしたのは、自分たち人間であり、さらには自分たち日本人であるという悔恨も、かすかに影を落とす。

 決死のタイムスリップの末、「土用丑の日にうなぎを食う」という習慣を最初に提唱した、平賀源内に直談判を試みる男たちの物語『源内にお願い』もまた光っている。今度は人類の方が、「滅びる」運命の当事者になる。時間軸をかいくぐって奔走する男たちを、突き動かしてきたものの正体が知れる。

 人は、滅びゆくものに思いを馳せることのできる生き物だ。

 最終章『神様がくれたうなぎ』には、タイトル通り、うなぎを絶滅に追い込んだ「神様」が登場する。自分で追い込んでおいて、めちゃめちゃ後悔している。人間っぽい神様が、人間のささやかな恋愛成就に取り組む、その局面が容赦なくたたみかけられて可笑しい。

 うなぎを通して、本書は人間を描いた。不器用さも、しょうもなさも、愚かさも、したたかさも。軽いようで深く、深いようで軽い作品群。愛すべき一冊である。

(早川書房 1400円+税)=小川志津子

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