父の鉄道事故を振り返る高井隆一さん。父の服の左胸には名前と連絡先が縫い付けられていた=5月、愛知県大府市

 一方「認知症の人と家族の会」(本部京都府京都市)は判決後、「家族に責任を押し付けた一審判決は取り消すべき」とする見解を発表した。介護経験者で、会の代表だった高見国生さん(74)=福井県福井市出身=は「どんなに介護を頑張っても、防げないことはある。それが介護の現実。この判決では、誰も家で介護をしなくなってしまうという強い危機感があった」。高齢化社会で在宅介護を推進する国の施策と司法判断の乖離も目に余った。

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 「家族だからといって監督義務があるわけではない」―。16年、最高裁は家族に責任はないとしてJR東海の請求を棄却した。裁判は介護期間より長い8年に及んだ。

 一審判決の後、メディアが大々的に取り上げた。高井さんは「認知症に対する理解は深まった」と思う一方、懸念も抱く。多くの記事で「徘徊」という言葉が使われた。「徘徊という言葉は『むやみやたらに歩き回る危険な人』というイメージをかき立ててしまう」

 父の服や帽子には名前と電話番号を書いた布が縫い付けられていた。事故に遭うまでに、誰かが声を掛けるチャンスはいくらでもあったと思える。「一人で道に迷っているだけという認識なら、市民は気軽に声を掛けやすいと思う。誤解や偏見を取り除いていけば『認知症は恥ずかしい病気』という家族の気持ちも解消できる」。父は認知症になってからも、街路樹に水をやり、近くのごみを拾う、そんな人だった。

 事故を受け、自治体も動きだしている。私鉄3線が走り、計32の踏切がある神奈川県大和市は昨年、保険会社と契約し、一人歩きの恐れがある認知症の高齢者を対象に、踏切事故などで第三者に損害を負わせた際、最大3億円を補償する保険事業を始めた。

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