父の鉄道事故を振り返る高井隆一さん。父の服の左胸には名前と連絡先が縫い付けられていた=5月、愛知県大府市

 2007年12月の夕方。デイサービスから帰宅した愛知県大府市の男性=当時(91)=は、お茶を飲み、みかんを食べた。男性の妻=同(85)=が近くでうたた寝をした数分の間に、男性は財布も持たずに、ふらりと外に出た。認知症だった。

 近くのJR大府駅に着き、有人改札を通り抜けた。そのまま電車に乗り、隣駅で降りた。駅構内のホームを歩き、端っこにある柵のノブを回して開け、階段を下りて線路に出た。「きっと排尿する場所を探していたんだろう」と男性の息子、高井隆一さん(68)は推測する。午後5時50分ごろ、男性は電車にはねられて亡くなった。家を出てから40~50分後。ズボンのチャックが開いていた。

 男性はそれまでにも夜中に一人で家を出たことがあった。男性が玄関に近づくとセンサーが感知し、妻の枕元のチャイムが鳴るようにしていた。高井さんは「母は夜中に何回も起こされただろう。うたた寝した母は責められない」と話す。

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 10年2月、JR東海は約720万円の損害賠償を遺族に求めて提訴。一審判決は男性の妻の過失を認めた上で、遠方に住んでいたものの介護方針を立てたりしていた高井さんが事実上の監督義務を負っていたとして、2人に全額支払いを命じた。

 事故当時、高井さんの妻(65)は、高井さんの実家近くに住み、ほぼ毎日食事の世話、散歩の付き添いなどをしていた。週末に帰省していた高井さんは「母、妻、わたしの家族総出で介護していたのにこの判決。控訴に迷いはなかった」

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