【越山若水】カウンターのこちらとあちらで向き合う客と主人。出された鮨(すし)を食べて客が一言。「これは蟹(かに)を食べて育った赤貝だね」。主人はニヤリとして「分かりましたか」▼いかにも達人同士のやりとりである。職業柄か、こういう話はまゆつばものと疑うが、主人が小野二郎氏で客はジョエル・ロブション氏となると信じたくなる▼前者は名店「すきやばし次郎」を営む92歳の職人。後者は世界各地にレストランを持つフレンチの巨匠。二人は「終生のライバル」と認め合った間柄だったという▼小野氏の店で両者が「対決」した場面を、テレビで見たことがある。旧知の仲でも言葉少なく、互いを観察する目だけが印象的だった。緊張感がひたひたと画面から迫ってきた▼世界の三大料理のなかでもフレンチは別格だろう。その巨匠は美食の王という理屈になるが10年前、モナコに和食の店を出した。日本料理や職人への敬意からだったに違いない▼残念なことに、日本人にもよく知られた王様ロブション氏が亡くなった。先の小野氏からみればまだまだ若い73歳。好敵手を失った名人の落胆を思わずにはいられない▼越前市出身の秋山徳蔵は天皇の料理番になる前、パリで修業して驚いた。日仏で料理人の地位に天地の差があった。1世紀を経て日本の美食も貴ばれる。が、道楽とみる向きも多い。巨匠の感想を聞きたかった。

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