夏の甲子園出場を果たす岩本大輔選手(左)にエールを送る元甲子園球児で祖父の上村憲一さん=福井県美浜町菅浜

 全国高校野球選手権大会に3年ぶりの出場を果たし、8月10日の1回戦に臨む敦賀気比の二塁手、岩本大輔選手(3年)=福井県美浜町=は60年前に敦賀の三塁手として甲子園の土を踏んだ祖父上村憲一さん(77)=同町=と同じ夢舞台に立つ。ともに1番打者で祖父が第40回、岩本選手は第100回と節目での大会出場も共通点。岩本選手は「おじいちゃんに甲子園で活躍する姿を見せたい」と張り切っている。

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 岩本選手は小学3年で野球を始め、美浜中のときは硬式野球チームの美方ボーイズで活躍。「地元の選手として応援を受け、甲子園に出場したい」と高校は敦賀気比を選んだ。

 今夏の福井大会は「1番・二塁」で全5試合に出場した。「泥臭く出塁するのが役目」と言う通り、打率5割で7四死球。岩本選手は「四死球も安打と同じ価値がある」と言い切る。1番打者としての心意気を伝授したのが元甲子園球児の祖父だ。

 上村さんは1957年春、58年夏の甲子園に出場。記念大会で当時最多の47校が参加した58年夏は敦賀の「1番・三塁」として1回戦で首里(沖縄)、2回戦で東北(宮城)を破った。3回戦は惜敗したが、辻佳紀捕手(後に阪神など)らとともに福井県勢初の夏2勝を挙げた。

 上村さんは岩本選手が小学生の時から試合や練習に足を運び、成長を見届けてきた。福井大会決勝前日は電話で「大輔が(塁に)出ればチームに勢いがつく」と激励。決勝の相手が58年夏と同じ若狭という因縁も重なる中、岩本選手は3死球で得点に絡んだ。同点の九回は犠飛でサヨナラのホームに滑り込み、自身初の甲子園出場を決めた。

 上村さんは「大輔が私と同じ1番で記念大会に出るなんて本当にうれしい。甲子園でプレーする姿を見たら、きっとこみ上げてくるものがあると思う」と目を細め、「歓声に気を取られず、落ち着いて臨んでほしい」とエールを送る。高校最後の夏に祖父との夢がかなった岩本選手は「甲子園では、まずおじいちゃんの2勝に追いつき、追い越したい」と意気込んだ。思いをつなぐ家族や地元菅浜の応援も受け、10日の木更津総合(東千葉)との初戦に挑む。

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